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2011.12.21 ついに!
バイトが終わりました。
ここ数ヶ月、週5~6、立ちっぱなしで仕事…
慢性的な足のしびれが、ようやく収まってきました。
いろんな人たちと出会いました。
できれば、波風立てず、誰とでも仲良く接したい。
こんな望みが、とても難しいことだとは思ってもみませんでした。
自分の考えの甘さ、痛感したけど、それでもいいんじゃないかと。
わかってくれる人はわかってくれる。
そして、そんな中、不惑を迎えました。
すでに人生の折り返しは過ぎているでしょう。
それでも、新しい仕事、生活、そして旅に胸を躍らせることができるなんて、本当に恵まれています。
出会ってきた人たち、経験した出来事に感謝しつつ、家を引き払う準備に入ります。
年末年始は愛すべき故郷・北海道です。
そして年明け後間もなく、スリランカへ向かいます。
9月から12月までの約4ヶ月、自動車部品工場で派遣社員として働くことに。
製造業って言うんですね。
いやぁ・・・ナメてました、製造業・・・
日々腹の立つことばかり、ストレスで頭にできものがたくさんできました。

愚痴を言い始めるときりがないので、よかったことをひとつ。
お金が貯まりました。
12時間勤務を週6で約一ヶ月とかしてたんで・・・

晴れて年末には北海道へ里帰り。
一旦車を実家に置くので、フェリーで名古屋発2泊で苫小牧へ。
片道約33,000円。結構痛い。

年明けには約3週間、マレーシア経由でスリランカへ。
エアアジアというローコストキャリアを使って、初の関西国際空港発着です。
苫小牧からフェリーで名古屋に2泊かけて戻り約1万円。
名古屋・大阪間の移動方法は、いろいろありそうなので未定。
航空券は大阪・クアラルンプール往復が約4万円。
クアラルンプール・コロンボ往復が約270ドル=約21,000円。

一旦帰国し、採用のための面接。
2月中旬から一ヶ月、ソウル・ロサンゼルス経由でメキシコ・ペルーへ。
初の中部国際空港セントレア発、ソウルで乗り換え、ロサンゼルスへ。
がんばって貯めていたマイレージが功を奏し、ロサンゼルスとメキシコ・ペルー間の航空券はほぼ無料!
往路でメキシコシティにてストップオーバー、メキシコ国内を横断しグアテマラのティカル遺跡へ。
その後ペルーでは、マチュピチュ、クスコ、リマを周る。
帰国はロサンゼルスからソウルで乗り換え、北海道・千歳へ。
国内・ロス間の往復航空券がで約12万円。
国内発着を別の場所にできるのはありがたい。

この計画を考えながら、つらい仕事に耐えてきました。
ランカでの再会。
ほんの数泊だけど、初上陸のマレーシア、ロサンゼルス。
初のスペイン語圏、中米メキシコ+グアテマラと南米ペルー。
ティカル、マチュピチュ。
メキシコシティ、リマ、クスコ。
見どころ満載。
いよいよです。

ただし、今回は予算的に明らかに無理をしている。
さらなる円高と、現地の物価が安いことを祈るばかりです。
「チケラー」
治験で荒稼ぎするツワモノのことを、そう呼ぶそうである。
そもそも治験とは!?
ストレートに言えば「薬の実験台」
裏バイトとして噂に名高い。
短期・高額を期待し、ネットで探してみる。
札幌市内でも行われており、「治験ボランティア」として募集されていた。
物は言いようである。
登録制ということで、早速登録。

いろいろな検査があるそうで、申し込み後、まずは健康診断を受ける。
ここで、検査に適する人が晴れてチケラーとなれる。
自分は、惜しくも補欠。
検査前日から対象者が入院するのだが、そこに一緒に一泊し、翌朝、辞退者や体調不良者がいれば採用。
入院施設は、ワイヤレスLAN完備で持参PC使い放題。
マンガも大量に取り揃えていて、自由に見れる。
ただし、外出はできず、定期的に投薬、採血となる。
居眠りも不可。
今回の検査は、3泊4日程度で約7万円。
自分は海外ドラマ「LOST」のシーズン4を、一気に全部見ようと目論んでいた。

残念ながら、辞退者・体調不良者が出ず、持ち帰って見ることに。
一泊分の稼ぎにしかならず、レンタルDVDと差し引いて、安いバイトとなりました。

どうやら生死に関わるような検査はないようで、事前に丁寧な説明を受け、いつでも辞退できることを念押しされました。
いたって安全なようで、チケラーとして病院職員と顔なじみの人も。
時間のある方、いかがでしょう?
北海道を離れる直前、3月から一ヶ月間、いよいよお金に困りバイトすることに。
学生のころ以来、17年振りである。
何も分からず、なんとなく「派遣」なるものに登録してみる。
紹介されたのは・・・
「大手旅行会社でメールの問い合わせに答える仕事です」
とのことだった。

札幌のド真ん中、巨大なビルを指定され、行ってみる。
ワンフロアすべてぶち抜きの一つの部屋になっていて、いわゆる「コールセンター」
いろんな問い合せ先が同居していて、電話で答える人、メールで答える人、さまざまである。
一週間、研修として受け答えの方法を教わり、
「徐々にお知らせメールを配信するので、少しずつ問い合わせがきます。」
この時点で、3月7日。
数日はほとんど仕事なし。
そして11日に大震災が。
「震災なので、お知らせメールの配信を停止します。」
ということは、問い合わせがくるはずもない。
一ヶ月、ひたすら机に座り時間をやり過ごすことに。

ただし、指定されたタイピングソフトでタイピングの練習はしてもよいとのこと。
なんと、日本史の年号、世界の首都を答えるものがあり、一ヶ月ですべて完全に暗記。
アンティグア・バーブータの首都なんて、こんな機会でもなければ覚えることはなかったでしょう。
採用試験に有効なアルバイトになりました。
2011.10.06 試験結果
愛知県、長野県の結果が出ました。
愛知県で合格!
ところが本命・長野県は不合格でした。
愛知県の試験の出来がよくなかったこと、長野に骨をうずめるつもりだったことから、ビックリとガッカリが一気にきました。
なにはともあれ、先生にはなれます。
四月からは愛知県民。
晴れて、スリランカ&北海道への里帰りと、最後の旅を実現させる段階にきました。

帰国後、ずっと家に置いてくれた妹一家。
のんきな自分の不安をあおりまくって励ましてくれたshu2。
自分の人生を応援してくれた友人たち。
自分と立てた目標を達成してくれたスリランカの教え子たち。
みんなに感謝の気持ちでいっぱいです。
本当にありがとう!

3年近くにおよぶ「へなちょこバレーボーラーシリーズ」、いよいよフィナーレに近づいていきます。
今は車の部品工場で、ブラジル人と中国人に囲まれながら、黙々と資金作りに励んでいます。
本当に正直に、積立金はなくなって久しいです。
その辺の模様や、勉強に明け暮れていたころの出来事など、我ながらおもしろおかしく過ごしてきていると思います。

プレ・ファイナルシーズンとして、装いも新たにタイトル変更・・・
「へなちょこバレーボーラー ふたたび海を渡れるか!?」
として、ちょこちょこアップしていきます。

堺市の受験説明会(5月)の帰り。
大阪城に行ってきました。
oosakajo

太閤・秀吉を祀った神社にて。
おみくじでは「安心して勉強しなさい」とのお告げが。
おかげ様で、無事合格でした。
hhideyosi
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