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いよいよ最後を飾る試合「DSIトーナメント」の州予選。
昨年U-14で3位とはいえ、今年挑むのはU-16。
このくらいの年齢では1年の差は大きい。
実際、同じ状況で臨んだ去年のオールアイランドトーナメントの州予選は2位通過、全国もベスト8どまり。
ただ、それを踏まえた上で、全国制覇を目指してやってきたのだ。
いよいよ真価が問われる。
県予選決勝を1週間前にケティヤペに出向いてアウェイで対戦。
スバーシニィのシューズがソールがはがれるアクシデントにもめげず、しっかりストレート勝ちで県1位ゲット。
レシーブ・スバーシニィ

そして決戦の地・ゴールへ。
さすがに上の世代だけあって、結構上手な子もいる。
簡単には勝たせてくれないが、特に危なげなく決勝へ。
一緒に練習試合・州決勝と対戦していい勝負だったケティヤペが早々に敗退。
そのケティヤペを破ったチームは170cmくらいの子が2,3人でガンガン打っていた。
よく見ていると応援団が「がんばれ!」と言っている。
どうやら以前日本人、ひょっとしたら協力隊員が入っていたチームなのだろう。
「あのチーム、日本人教えてたみたいだけど、どう思う?」
すると・・・
「打つことは打つけど・・・」とはにかむセッター・コーシャラー。
「フォーメーションきちんとしてないし、レシーブも下手だから」と優等生らしく答えるタルシ。
「それに前に1回勝ったの覚えてないの??暗くなってやり直しになった・・・」
はい、ありました。勝ちました。
「大丈夫だって。穴もあるし、アンダーパスも下手だし」と自信満々なイシャーラ。
「sir(先生の意・自分)が来る前には負けたことあったけどね」とファーティマ。
「俺がいなくなってから、あんな風になっちゃだめだぞ」
一同「分かってるって」

そのチーム、なんと準決勝で負け別のチームが決勝へ。
昨年オールアイランドトーナメント州予選の決勝で負けた相手だった。
一枚エースに集めバックアタックもある。
試合開始早々、いきなり連続失点。
運悪く変な返球がいないところに落ちる。
まあなんとかなるだろう・・・
大丈夫、大丈夫と余裕をかましていた自分。
と思っていたら、なんと1対9!
ええ!?まだ1点だったの!?
どうりでスニルさんもしきりにこっちを見る訳だ。
あわてた素振りは見せずにタイムアウト。
さすがにやばいと思っていたが、意外と雰囲気はいい。
「大丈夫。ラリーにしよう」
タイムあけ、いきなりきた変な返球をきちんとラリーに。
しっかりアタックで得点。
そこから一気にこっちのペースに。
サーブも当たり、イシャーラは10点近く稼いだ。
終わってみればきちんと逆転勝ち。
その勢いで2セット、3セットと相手を押さえ込み堂々の優勝。
おもしろいくらいに練習したことが出たのには、全員驚きだった。

大会を終え、自分はコロンボに戻るため皆のバスを見送ることに。
いろんな思いがこみ上げてきて泣きそうだったので早く行ってもらいたかったのだが、スニルさんが降りてきて握手&ハグ。
さすがに泣けてきた。
ついに自分の活動も終わった。
あとはみんなを信じるのみ。
がんばって全国制覇してくれ。

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最後の最後の試合、ばっちり一眼レフで写真撮るぞ!
と思っていて忘れた・・・
まあ、自分とチームのみんなが覚えていればよしとしよう。
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2010.07.12 特別救援物資
2年間、家族や友達からいろいろ救援物資が届いた。
それは本当に喜ばれ、バレーボールに触れる子が増えたし、技術的にも上達した。
その中でも、帰国間近になって特別な救援物資が届いた。
特別救援物資

これは、自分の知らない人が送ってくれたもの。
自分のいる学校が記事になった「JICA's world」( 表紙 記事 )を見てくれた方が、わざわざ編集社に問い合わせて送ってくれたのだ。
見知らぬ国の見知らぬバレーバカに親近感を覚えてくれたそうで・・・
これにはボールをもらった子ども、カウンターパート・スニルさん、そして自分自身、本当に驚いた。
こういう人がいてくれる。
愛知のイトシンさん、本当にありがとうございます!

そして、この後ろに写っている壁。
これは札幌の病院の先生が、「スリランカの人の健康のために」と、JICAに寄付してくれたお金で作ったもの。
学校の中庭とグランドに立派な壁を作らせてもらった。
帰国直前にようやく完成。
以前スニルさんが作ったものは5年で壊れたことを踏まえ、今回はコンクリの支柱に頑丈な板で設置。
板さえ張り替えれば半永久的に使える。
そして、たくさんの人のいろんな気持ちがこもったボールもある。
自分がいなくなっても、子どもたちはずっとバレーができる。
K林先生、ありがとうございます!

こうして本当にいろんな人たちに応援してもらえて、思い切りやってこれたこと、心から感謝しています。
みなさん、ありがとうございました。
幸いなことに、帰国前最後の週に一気に大会の予定が入った。
ひとつは先日予選を突破したオープントーナメントの州予選。
もうひとつは最大の目標である年齢別賞金トーナメント「DSIトーナメント」の州予選。
これは11歳以下ミニバレー女子の公式デビューでもある。
3日間、どっぷりと最後のスリランカバレーを堪能しようとJICAの最後の会合も欠席させてもらうことに。
それでもさすがに送別会は出たい。
デニヤーヤ、コロンボ、ゴール、ハンバントタを行ったりきたりする超ハードスケジュールを強行することに。

まず初日はオープントーナメント。
チーム最長身センター・アヌッタラーの姉・元ジュニア代表のOG・アヌーシャ、ネットボール(バスケットっぽいスポーツ・スリランカやアフリカなどでさかんに行われている)のスリランカ代表だという一人が助っ人。
昨年はまったくバレーにならずどうしようもない内容で2位。
今年は違った。
初戦はゴール県1位相手に緊迫した試合を展開。
普段一緒に練習していないアヌーシャ他助っ人1名がいることで、今ひとついつもの攻撃パターンが出せずリズムに乗れない。
OGラサンティ、スニルさんの義妹で元スリランカ代表セッターのヘーリが「アヌーシャに打たせろ!」と指示。
非常にスリランカらしい。
行き当たりばったりで、目先の結果を求める。
自分は「それでいいのか?」とは言わず、しばし静観。
リズムに乗れないままでも、なんとか勝利し決勝へ。

リズムに乗れないことで声も出なくなり、自慢のサーブまでミスが目立ち始め、第1セットを落とす。
外野は相変わらずアヌーシャ頼み。
いつも要所要所できっちり声をかけてトスを回すセッターのコーシャラー、どうにも声が出ない。
それでも2セット目は食い下がり、20点台には乗せた。
最後の3セット目、結局本来のリズムが出ないまま敗退。

冷静に考えれば、大人相手に州2位なのだからなんら悲観することはない。
リズムが悪い中でも、いいラリーも結構ある。
ただ、もう少しうまくやれば勝てそうなのだ。
普段どおりのプレーができていれば・・・
うちのチームの売りは「アタックで得点する」
アタッカー3人のうち、打ちやすい人にトスを上げてできるだけアタックで返すということ。
「アヌーシャに集めろって言われてどうだった?」
そう問うと皆微妙な表情で、無言。
ラサンティ、ヘーリの手前、何もいえないのもわかる。
「いつもどおり、打ちやすい人に上げてたらどうだった?」
一同「そのほうがいい」と言わんばかりに苦笑い。
実際、最近は崩れたボールはバックアタックで返すくらいに上達していたのだ。

どうやら、練習してきたことに少なからず自信を持っている様子。
しかもそれが少しは顔に出せる。
ほほぅ・・・
「練習してないメンバーでやってどうだった?」
遠まわしに聞けば、助っ人の加入でほとんど打つ機会のなかったイシャーラは・・・
「それは私の口からは言えない」
とばかりに視線を逸らし、自信ありげに笑っている。
そうなのだ。
練習は嘘をつかない。
今までなにを、どれだけ積み上げてきたか。
それが大事なのだ。
翌々日の「DSIトーナメント」が楽しみである。

コーシャラーのブロック
コーシャラー・ブロック

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この日、翌日にデビュー戦を控えたミニバレー女子はすでに開催地・ゴールへ移動。
車に慣れていない子は簡単に車酔いしてしまうので、この前日入りは非常に重要。
そのためにスニルさんは学校に残って子どもを送り出していた。
こっちの結果を電話で伝えると・・・
「ちょっと大きな問題がある。戻ったら話す。」

戻って話を聞く。
この日突然、内戦終了1周年を祝って、大統領が翌日を国民の休日にしたというのだ。
経験豊富でなかなか抜け目のないスニルさん。
ミニバレー女子出発直前に、ドタキャンがないか、きちんとディレクター(大会のお偉方)に電話で確認したそうだ。
そこで確認が取れたので出発。
すると、その2時間後、なんとそのディレクター本人から中止との連絡が!!
往復の旅費、宿泊費がパーである。
そして自分はデビュー戦は見れずじまい確定。
その分、U-16の最後の練習が見れることに。
うれしいやら悲しいやら・・・
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2010.06.22 帰国
任期終盤、信じられないような忙しさの中、本日、日本に戻りました。
応援してくれた皆さん、本当にありがとうございました。

帰国直前に試合が立て込んだので、その辺は後日アップします。

東京で数日研修を受けた後、北海道に戻ります。
2010.06.13 帰国間近
自分を送別する全校集会が開催された。
思えば、自分の歓迎会は見事にスリランカらしく数時間遅れで始まった。
送別会も当然遅れるだろう。
のんびりやや遅れ気味に学校に向かっていたら、カウンターパート・スニルさんから「どこにいるんだ!?」を怒りの電話が。
きっちり予定通りに準備がされていたのだ。

スリランカは全校集会的なイベントがちょこちょこある。
毎回時間通りに始まらないし、少々出し物も即興に近い物が多い。
そのくせ、偉い人のあいさつだけとてつもなく、本当にとてつもなく長い。
ただし、今回は違った。
入場セレモニー

あいさつはほどほど。
歌に踊り、よくまとまっている。
なんだかわからないが、歌の中には自分の名前が歌われていた。
最後は「さよな~ら・・・さよな~ら・・・」で終わった。
へぇ・・・うまく替え歌にしたもんだ・・・

そして、プレゼント贈呈。
自分は事前に・・・
「物は荷物になるからいらない!くれるなら小さいもの。」
「ほしいのは、自分がいなくなってもしっかりやる、と約束を書いた手紙だ!」と、盛大に宣言していた。
そして、もらったプレゼント。
スリランカらしく指輪が2個!
自分がよく着ている色・青のポロシャツ!
きれいなこじんまりした盾!
盾

すごく荷物にならない!
そしてなにやらラミネートされたメッセージカード。
実はさっき歌った歌の歌詞だという。
そして、その歌は自分のために音楽の先生が作ったものだった。

当然最後は自分のスピーチ。
「いろいろ考えてきたが、忘れた・・・」
歓迎会の時と同じスタート。しんみりムードが祟り、今回はややウケ。
そして、「自分は元々話が長い。選手はみんな知ってる。最後だから、たくさん話させてもらう」
と宣言。
よく聞かれるスリランカの人々をどう思うか。
日本との違いは。
自分がいなくなってからどうなるかが、自分がやってきたことの成果だから、いなくなった後こそがんばってほしい。
シンハラ人、タミル人が一緒にプレーするチームで、全国制覇を果たして欲しい。
自分は嘘をつきたくない、言ったことが嘘になるのも嫌だから、もう一度くることを約束できない。
ただ、いつかまた来たい。
その時は、突然来て、こっそり見る。
もし、きちんと練習していなかったら、そのまま帰る。
延々30分は話させてもらった。

自分は非常に姿勢が悪い。
猫背でシャキッと立てない人間。
ただ、言いたいことを全部言って、きっと自分がいなくなってもがんばってくれる、そうなるようがんばった。
そう思えた時、信じられないくらい胸を張って、シャキッと立っている自分に気づいた。

やれるだけやった。
結果は後からついてくる。
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