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最近気づいたことがある。
自分はあいさつができないのだ。
教室なんかに入るときにあいさつするのなんかは、まあ問題ない。
正確に言うと、「自分の知らない人に囲まれている自分のあいさつしたい人に対して、自分からあいさつができない」のだ。

職業柄、施設に入っていた人たちにこちらから積極的にあいさつ・・・なんてのが極めてしにくい世界にいたせいなのかな・・・
子供相手のときは、むこうがきちんとあいさつできるか、どれだけ積極的にあいさつできるか観察しなきゃならない部分もあったな・・・
なんてことは、普通の社会じゃまったく意味のないことで、ただの言い訳。
あいさつされてもしかたないと思われるのが怖いのか・・・それもまったくもって都合のいい言い訳だ。
しかも自分的にプラスの要素はない。

こんだけ大量(200人以上)に人がいるので、この人と仲良くなりたいな・・・なんて人はいるもので、なんとかしてお近づきになりたい。
けど、そこでなにもできないのだ。
我ながらたいしたへなちょこである。
感じよくあいさつされるとすごく気持ちいい、ということは分かっているのに。
自分は遠くから大きな声であいさつされたりしたら、一気にその人のことが好きになってしまうくらいなのに。

「今日はあいさつぐらいするぞ!」
と毎朝素知らぬ顔で辺りを見回し、見つけることも多いのだが、ほとんど声がかけられない。
会釈がいいとこ。

あいさつすることもないのにキョロキョロ様子を伺っているのだから、これでは完全なストーカーである。
仲良くなりたい相手にストーカーと思われるのであれば、それはまったく意図するところではなく、やめたほうがいい。

となると、仲良くなれるはずもなく、いったい自分はなにをやっているんだ・・・となる。
まさに不毛。大問題である。

奇跡的に「あ。おはよ」と軽く手をあげてあいさつできて、むこうからペコリなんてされた日には一日浮かれ気分で過ごせたりする。
本当に自分は単純な人間だ。

ブログに書いていて、自分のことながらえらくあきれてきた。
グダグダ言ってないでちゃんと普通にあいさつぐらいしろよ・・・

ってそれができれば苦労はしないんだよな・・・

ちなみにこの本の主人公、共感できる部分があって、笑えました。
共感できちゃってる場合じゃない内容なんだけど・・・
明るく前向きながらも要は完全な勘違い野郎の話で、最後に本庄まなみがおもしろく解説してます。
これを読んでもらえると、それに共感しちゃってる自分のへなちょこさをバッサリ切り捨てたくなることでしょう。
太陽の塔 (新潮文庫)太陽の塔 (新潮文庫)
(2006/05)
森見 登美彦

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