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2008.03.31 一線を越える
帰国して三日。
どうも眠くなる時間がおかしい。
どうやらこれが時差ボケってやつか・・・
その中でも何人かの友達と会うことができ、いろいろな話をした。
そこでは聞いてもらったのだが、まだブログに公開していなかったことがある。

それは、世界中の誰もが毎日行うことについて。
自分がスリランカに行ったときには、必ず直面する大問題。
トイレに入ったとき「紙がない」ということだ。
要は手で拭くということである。
日本に育ってきた自分には、これは非常にハードルの高いことだ。
過去の経験者もそのへんでかなり苦しんでいる。
4日耐えたという人もいた。

トイレで大きい方の用を足した後、紙を使うか、使わないかで、おそらく世界は二分される。
「食事は右手、トイレは左手」なんて外国の話を知っている人も多いだろう。
紙がないから手で拭くというのは、正確には、水を使って手で洗うということだ。
実はスリランカがそうなのだ。(都会は別らしいが・・・)

タイに行ったときには、しっかり目をそむけてきた。
「いやぁ・・・やっぱり俺にはできねぇな・・・」と持参した紙を使っていた。
しかし、トルコ式のトイレ(ほぼ日本の和式)でもぶつかる問題であることは事前に知っていた。

せっかく旅に行ったのだから、その土地の文化を体験しなきゃ・・・と思う人は多いはず。
自分はスリランカには2年は滞在する予定なので、体験どころか、普通に生活していくのだ。
文化になじめなければ、苦しいだけだろう。
だとすれば、自分はトイレにいちいち紙を持っていくわけにはいかない。
「手で拭く」という一線を、いつかは越えるべきなのだ。
トルコのトイレは個室内の低い位置に水道の蛇口と水入れがあるというので、なんとかすぐに手を洗える。
いい機会である。
(もう少し条件の悪い国になると汲み置きの水になるらしい)

ただ、宿や空港のトイレは洋式で紙があったので、そこでは越えられなかった。
やろうと思わないことはなかったが、できなかった。
やはり相当な覚悟が必要だ。

トルコ到着から一夜明け、イスタンブール市内をブラブラ。
小さなデパートっぽいところの公衆トイレ。
チップを払って入場。
それは敢行された。

コトを済ませた直後の出口がどうなっているか。
今までは知らなかった。
手で拭くことで、初めてわかったこともあるが、それはちょっと説明が難しいので省く。

手で拭く国の人は「紙で拭いて何がきれいになるのか。かえって不潔である」と思っているらしい。
日本では考えられない考えだ。
だが、その国では常識なのだろう。

どちらが正しいかは問題じゃない。
ただ、自分はどちらも知る機会を得られたのだ。
それはきっと恵まれたことなのだ。
かくして自分は、日本人には越え難い一線を越えた。
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