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2009.06.30 1年経過
いつの間にか1年経っていた。
ちょっと前まで、もうすぐだなぁ・・・なんて思っていたら、過ぎていた。

先日、バレーボール連盟とJICAスタッフを交えてのミーティングがあり、残りの一年もデニヤーヤで過ごせることが決定。
なぜ自分がここに送られたのか。
それはデニヤーヤ・St,Mathew'sの希望によるものらしい。
ひとつのチームを強くするためには、相応の時間がかかってしかるべきだと思う。
自分は後任の隊員もデニヤーヤに欲しいと希望した。
後任がきて、日本的指導が継続されればされるだけ、効果は期待できる。

ただ、それは「国際協力」という観点からは微妙に意味が違ってくる。
「日本の援助」としては、バレーを指導するのであれば一点集中は必ずしもいいとは言えない。
「なぜあそこだけ・・・」そう思われるのは好ましくない。
そして、自分が去った後、また協力隊員を呼びたいと連盟は考えているのだが、それはどうも別の土地らしい。
いろんな思惑があるのは当然。
自分は「国際貢献したくて」というのとはちょっと違って、「バレーで誰かの役に立てれば」というスタンスなので、「青年海外協力隊員」としてはちょっと毛色が違う部分があるのは事実だし。 (HP参照)
できれば「こんな田舎の小さな学校でもやり方次第で強くなれる」ということを、スリランカ中に伝えたいのだが、それはあくまでも自分の希望。

そんな中、自分にできることは、今いるチームの役に立つこと。
今、自分はこのチームに必要とされていて、1年近くやってきて、自分も子どもも手ごたえを感じている。
ただ、それは「試合に勝てる」という手ごたえだけじゃない。
「バレーはもっとおもしろいかもしれない」という手ごたえだ。

毎日掛け声をかけて走り、ウォーミングアップ、基礎・・・
練習すれば、試合でできるようになる。
それが試合でいいラリーを生む。
バレーの醍醐味はやはり「ラリー」だと思う。
助け合ったり、相手の考えを予測したり、あの手この手で長いラリーをものに出来たとき。
チーム一丸となって盛り上がる。
そんな一体感が、少しずつ強いものになってきている。

気がつけば、コート2面はなかなか立派だし、いろいろ設備も整ってきた。
みんな子どもが作った。壊れたり、ダメになったものも多いが。
自分は横から口出ししただけ。

1年後、自分はいなくなる。
でも、きっと、このコートは残る。
そこで練習してきた子たちも残る。

伝えたいこと、残したいことはいくらでもあるが、やれるだけやる。
ほぼ毎日グランドで怒鳴り散らし、真っ黒に焼けた肌は、ホントにスリランカ人と変らない。
日付も忘れるくらい夢中になっているなら、なお結構だ。

こんなに充実した日々を与えてくれた、家族、親類、友人、JICA、かつての職場、今までの人生すべてに感謝したい。

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今日、色黒度チェックしました。
左が自分で、あとはスニルさんのとこの姉妹タルシとチャトゥミ。
イマイチ映りがよくないけど、ホント同じくらい真っ黒なんです。
色黒チェック

スリランカで自分が一番お気に入りなのは、こんな帽子をかぶった子どもかな。
デニヤーヤでは、ちょっと涼しいときにはたくさんいます。
お気に入りの帽子
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