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2008.09.27 国歌
自分のいる学校では、一日の終わりに全員起立して国歌を歌う。(結構長い)
ちなみに朝は、全員で仏教のお経を唱える。
イスラム教徒、ヒンドゥー教徒はお経は唱えない。
国歌は全員で歌う。
誰も問題にしていない。
部活が終わると、仏教徒の子どもたちは、自分も含め先生に土下座してあいさつする「ぬかづく」とう儀式を欠かさない。
イスラム教徒はやらない。(がきちんとあいさつはする)
ヒンドゥー教徒は少々あいさつの言葉が異なる。
でも、誰もそれをどうこう言っていない。
見事に「受け入れている」ように思う。

日本の国歌は、卒業式みたいな公の場で歌うことは「強制」と捉えられ、「国歌権力」の問題になっている。
オリンピックやワールドカップみたいなスポーツの場では、みんな国旗を見ながら国歌を聞くのを拒んでないように見える(拒んでる人もいるかも)
誰が「君が代」を国歌にしたのか、自分は知らない。
作曲者がはっきりしてれば、その人が嫌いだとか好きだとか、そんな話にもなりかねないだろうけど、うまい具合にはっきりしていない。(ように思う)
「みんなで国歌を歌う」ことが、国家権力の横暴みたいに捉えられたり、歌わない人が罰せられたりもする国。
「お国のために」なんていうと、皮肉っぽい意味で使われる日本。(と自分は捉えている)
ちょっと極端な話だが、戦争で間違った権力の使い方をした結果、みたいな気もする。
権利や権力の使い方って、すごくむずかしい。

外国から侵略されることもほとんどなく、今も外国人が極端に少ない国。(と自分は感じている)
外から文化・宗教が入ることが極端に少なかった国。
その割りに、入ってきたものは上手に自分たちの文化にしてしまう、器用というか、器が大きいというか、不思議な国。
料理なんかそうだと思うし、クリスマスやバレンタイン、大晦日やお正月、お盆、みんないろいろ楽しんだり、祝ったり。
自分の実家には、神棚と仏壇が両方あったし、クリスマスプレゼントももらった。
いろんな宗教の考え方を受け入れている、と言えなくもない気がする。
そして、持ち前の勤勉さや賢さ(寒い国だと食糧が少ないからそうなるんだ、という人もいた)で、経済大国となった国。
国歌を歌うこと、国を愛する心にまで、疑問を抱いて理由を求めるくらい、探究心旺盛な国。

こういうことを考えて、議論することができるのは、日本人のいいところだと思う。
「なんで国歌を歌うの?」
「国歌だから」
その言葉で満足しない、飽くなき探究心を持った日本人であること。
今の自分はちょっと幸せだと思っている。

この国の人たちは、なぜか日本が好きだと言う。
「地震」と「おしん」で、日本はこの国ですごく知られている。
「おしん」という名前をつかい、「オシン」「オシミ」「ウィシミ」という名前の女の子がすごくたくさんいる国。
「津波がいつもくるんだろう?怖くないか?」と心配してくれる国。

最近、なぜかこの国の国歌を少し覚え始めた自分がいる。
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