上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2012.03.30 青森にて
青森にも懐かしい人はいるのだが、会う時間もなく、早速南下を開始。
青森県の途中から福島県まで、高速道路無料措置になっていて、目一杯使わせてもらいました。

青森では、縄文時代の三内丸山遺跡へ。
自分の学生時代には、まだ発見されていなかったもので、今回の試験勉強で知りました。
歴史も変わるものなんだと実感。
ただ、雪が積もりすぎで、全体の景観は見えませんでした…
一応遺跡内部は見れましたが。

その後、高速道路のパーキングでは、曇ってて岩木山も見えず…
めげずに写真は残す。
スポンサーサイト
2012.03.30 大移動開始
帰国して余りの雪の量に驚いたのも束の間、愛車・フィットで札幌から長野県を目指す。

妹一家、チームメイトのshu2夫妻とoba一家、救援物資を送ってくれたmariさん、そして、親戚や親に別れを告げ、一路函館へ。
本当はもっといろんな人と会いたかったんだけど…
会えなかったみなさん、すみません…

函館にて、Y田クラブの懐かしい面々と再会。
高校の同級生ヤンケまできてくれて、本当に楽しい時間を作ってもらいました。
相変わらずすぎて、自分が新天地に行くなんて嘘みたいな感覚でした。
みんな、ありがとう!
さよなら函館山。
2012.03.21 帰国便にて
コリアン・エアー=大韓航空で、ロサンゼルスから帰国。
日本からの出国と帰国で発着地を別々にでき、料金も安い。
機内食もおいしい。
マイルもたまる。

ただ、非常に気になることが。
竹島問題です。

国際線の全シートのディスプレイで見ることができる、フライト情報。
あのちいさな竹島をハッキリと、
「Dokdo」
中学校の社会科の中でも、学習指導要領に扱いが明記されているデリケートな問題。
JALやANAでは、どんな風に表示されるんだろう?
ロサンゼルスで2泊というのは、なんとなく決めたことだった。
もし、空港での乗り継ぎだけだったら、もう少し南米でゆとりがあって、ウユニ塩湖も行けたはず…
いや、確実に行けたのだ。

実はブエノスアイレスからウユニ塩湖近くまでのバスがあったのだ。
あと一日あれば、行けた。
やり切れなさを心の隅に追いやり、ロサンゼルスの宿へ。

アメリカは宿が見つからない、と聞いた覚えがあったので、今回の旅で初めて、予約してあった。
これがなければ、リマで乗り遅れた時点で、2泊してもよかったのに…
宿のキャンセルの手間を嫌い、乗り継ぎ便のチケットへの淡い期待を抱いたのが間違いだった…

なにかと後悔ばかりのまま、空港そばという宿へ、タクシーで向かう。
ん?
メーターがどんどん上がる。
ん?ん?
結局、3000円近くなる。
南米の感覚の残る自分には高すぎる…
もうどこへ行く気も失せる。
日本のサイトを使ってしまったため、宿代もリマの数倍…

翌日は多少気を取り直し、かなり難解なバスを乗り継ぎ、サンタモニカなるところへ。
ただの高すぎるショッピングモールで、全く興味なし…
帰りは疲れ果ててタクシー。
運転手、宿がわからず、右往左往。
しかもロサンゼルスは想像以上に広く、料金も高額。

翌朝、宿でタクシーを頼むと10分でくると言ったのが、1時間待ち。
リマの教訓から早めに動いていたのが幸いし、一応帰国便には無事間に合う。

最後の絵ハガキを出そうと、ハガキはサンタモニカで買っておいたのだが、空港には郵便局、切手とも皆無。
全然うまくいかない。
もうロサンゼルスは結構です…

=============================

南米では、いろんな人に助けてもらったり、いろんな偶然があったり、本当に楽しかった…

行きたいところへ行ったり、無理矢理な経路で国を周ったり、それも本当に楽しかった。
ただ、その中で、できないスペイン語や英語で、いろんな人と話すことも、同じく楽しかった。

オリャンタイタンポでほんの数時間話したyuto君の言葉が、この旅の間中、頭に残っていた。
「別にマチュピチュが曇っててもいいんです。綺麗な景色が見れなくてもいいんです。僕にとって、旅はいろんな人と出会うためのツール(道具)でしかないんです。」
本当に楽しそうに、そう話してくれた彼は、自分との出会いも楽しんでくれていた。

自分もいろんなところで、たくさんの出会いを楽しんできた。
ウユニ塩湖へ行かなかったからと言って、楽しくなかったわけではない。

これから、今回みたいな自由に無茶する旅はもうできないだろう。
でも、いろんな人との出会いは無限にある。
そして、今まで出会った人との関係、経験は、自分の中に生き続ける。
普通に生きてるだけで、旅してるようなもんだ。

今までの人生、仕事やバレー、学生生活、海外生活、様々な出会いや経験のお陰で、自分のやりたいように生き、楽しんでこられた。
実に、ありがたいことである。

これからは自分が、ほかの人が生きていく中での、いい出会いや経験の一部になっていけたら…
とりあえず、4月から出会う子どもたちには、そういう存在になろう。
思った通り、メキシコシティで予定便の出発に間に合う。
カウンターでチェックインしようとすると、なにやら様子がおかしい。
数カ所たらい回し。
嫌な予感がしてきた…

最終的に…
「乗り継ぎ便のスタートで遅れた時点で、予約はキャンセル。乗り継ぎ予定便のチケットもキャンセル。新たなチケットが必要。」
悪夢である。
もうここまできたら、仕方ない。
新たなロサンゼルス行きを購入。
約300ドル…

せっかくマイルを貯めて出費なしで中南米分のチケットをゲットしたのに、結局購入することになるなんて…
我ながら、やらかしたものである。
4月の初給料、もらいもしないうちからほとんどなくなってしまった…

そう思いつつ、手荷物検査。
こんな時に限って、バックパックを全部開けられる。
日本語でグチっていると、次の男の人も日本語でグチっている。
ちょっと日本人離れした顔立ちだが、声をかけてみる。
大学4年で南米を卒業旅行中。
イスラエル人の親を持つハーフと判明。
手荷物が小分けにしたビニール袋なので、ちょっと変わってるな…と思ってたら、
「コロンビアの空港でバックパックがロストバッゲージ(行方不明)になって…

見つかったって連絡あったから取りに行ったのに、またなくなったって言われて…
ロスト・ロストバッゲージですよ…
帰りのチケットと1500ドルも入ってたのに…
チケットの再発行もできなくて…
マチュピチュ行けなくなって、物価の安いラ・パスで何日もボーッとしてました。」

これは自分以上に厳しい。
とは言え、自分もかなり厳しい。

なんとかウユニ塩湖へは行ったそうで、日本人だらけだったとのこと。
自分がそれを嫌ってパスしたと話すと、
「本当に日本人だらけでした。偶然、大学のクラスメイトに会ってビックリしましたよ。でも、景色は最高でした!」

話がはずみ、多少ダメージ回復。
気を取り直して、最後の滞在先・ロサンゼルスへ向かう。
ペルー出国当日。
予定通り空港到着。

空港で電光掲示板を見ると…
????
飛行機の時間が違う!
9時発のつもりできたのに、8時発!?
もうファイナルコールになってる!
しかもカウンター閉まってる!
慌てて航空会社の事務所へ行くが、すでに時遅し。
乗り遅れました…
痛恨の極みです…

しばし途方に暮れる。
ん?
そう言えば、メキシコシティで乗り継ぎだったぞ。
乗り継ぎに4時間は空き時間があったはず。
持ってるチケットも、メキシコシティ・ロサンゼルス間は生きてるはずだ。
慌ててすぐにメキシコシティ行きを探してみると、今すぐ買えば間に合うのを発見!
定価で約1000ドル…
仕方なくカードで支払い。
こんな予定外の出費…
などと考える間もなく、搭乗手続きし出発。
これでロサンゼルスまでのチケットが生きていれば、とりあえず予定通り帰れる。
ただ、もしチケットが無効になったら…
旅の余韻に浸る暇など一切なく、不安一杯にペルーを離れる。
2012.03.15 南米最後の夜
宿に入り、翌朝のタクシーを頼む。
2時間前に出れば十分とのことで、一安心。
なんとかして絵ハガキを出したい。
もう店など閉まっているが、念のため繁華街へ。
奇跡的に一軒だけ、土産物屋が開いている!
絵ハガキ発見!
ただ、切手がない。
空港には郵便局があると聞き、明日出すことに。
とりあえずリマから出せるなら、よしとしよう。

最後の食事を済ませ、インカコーラで一息。

なんとか予定通り帰れるし、行きたかったマチュピチュも堪能した。
ウユニ塩湖に未練はあるが、イグアスの滝で十分満足した。
その上、地図上はかなりの場所も周り、いろんな人に出会い、いろんなことがあった。
いい旅になった。

宿に戻り、寝ようかと思いベッドへ。
もう旅も終わりかと思うと、なんだか寝付けない。
結局、サンチアゴと同じく、寝ずに朝を迎える。
いよいよ、ロサンゼルスの2泊を経由して、帰国である。
アレキパ到着は夜10時近く。
ペルーで一、二を争う大都市とあって、明るい夜景が一面に広がっていた。
泊まるか、進むか。
とりあえずバスを探してみる。
すると、すぐに出るバスを発見!
宿探しも面倒なので、一気にリマを目指すことに。
連続車中泊と、せっかくホテルに泊まっても寝付けないでいた疲れも、もう最終目的地が近づき限界に近い。
それでも、リマなら宿のあてもあるし、土地勘もある。
早くリマへ行こう。
そう思いながら、バスで熟睡。

朝方、目が覚めると、バスが停まっていた。
今までの車中泊では、深夜・早朝には途中停車はなかった。
しばらくしても、発車の気配がない。
降りてみると、前後の数えきれないバス、トラックがはるか遠くまで連なって停車している。
そう簡単には出発しそうにないので、隣の乗客と先の様子を見に行く。

すると、なんと!
川の水が溢れて、道路を寸断している!!
これは致命的だ。
復旧なんて、検討もつかない。
帰れない…

まあ、おもしろい経験だ、と開き直ることに。
なるようになるし、自分にできることはない。
記念に一枚。


しばらくすると、大型のホイールローダー(除雪に使うようなやつ)が一台登場。
そんなもんでどうにかなるようには見えないが…
道路に土を盛って復旧すると思ったら、そうではなく、川底の土をすくい始めた。
なにをしたいんだ…
両岸の全員が固唾を飲んで見守る。
よくよく見ていると、土をすくいながら、対岸を目指している。
そして、ついに対岸到着!
一斉に歓声が上がる。
そりゃ、あんなでかいタイヤなら行けるでしょう。
と思ってたら、対岸からバス登場。
当然、乗客もいる。
???
なんか周りが盛り上がってきたと思ったら、そのまま川状態の道路に突入!
あっさり渡り切り、再度大歓声。
ホイールローダーは、深さを確認したらしい。
これを皮切りに、どんどん渡り始める。
乗用車には深すぎたが、バスやトラックは大丈夫。
あっという間に自分のバスも通過。
とりあえず、リマへは行ける。


予定の倍、丸一日かけてようやくリマ到着。
夜10時。
翌朝は9時発の飛行機なので、そのまま空港で寝ようか、かなり迷った。
南米最後の絵ハガキも出したいし、少々買いたいものもある。
予定通りなら、この日の昼間に全部できたのに…
そう思いながら、以前泊まった宿に泊まることにする。

そして、これがこの旅最大最悪の結果を招くことになる。
サンチアゴからチリ・ペルー国境の街・アリカへ。
海岸沿いを北上するので、左にはちらほらと海が。
ただ、反対側はひたすら砂漠。
ひたすら広い。
2階の先頭の席で、ただただ眺める。

ふと隣のおじいちゃんを見ると、なにやらノートPCで見ている…!
マヤ文明の資料見てるじゃないですか!
自分の撮ってきた写真を見せるとビックリしていた。

アリカに着くと、バス会社かわいいお姉さんが乗り合いタクシーまで案内してくれ、いよいよ国境越え。
タクシーで一緒だったおばあちゃんが、なにかと気にかけてくれたお陰で問題なくペルー・タクナに到着。

バス会社が少なかったので、一軒目であっさりアレキパ行きをゲット!
残念無念ながら、資金と時間を考慮して、ナスカの地上絵はパス。
買う直前に、リマへの直行便もあると判明したが、敢えて刻んでいくことに。
日程的にリマで時間が余らないという計算であった。
ただ、これがとんでもない裏目に出ることになる。
一週間ぶりのシャワー、洗濯を終えると、驚異的に元気が出てきた。
絵ハガキを買うところをフロントで聞くと、フロント係の陽気なデブ男・エミリオ、わざわざ隣のバスターミナルの店まで連れて行ってくれた。
本当にチリ人は親切だ。
ただ、切手がない。
すると、「切手代くれれば出しておくよ!」
ありがたい。
ついでに安い食堂も教えてもらう。
すっかり元気になったお陰で、食欲も復活。
ほぼ2食分を平らげる。
ホテルに戻ると、エミリオがいない…
チェックインで親切に応対してくれたもう一人のフロント係・クラウディア(かわいい)に切手のことを頼んでみる。
「彼女に出すから、大切なハガキなんだ」
と話すと、快諾。
しっかり別の封筒に保管し、
「私がちゃんと出しておくわ」(と言ったと思われる)

翌日、早朝には出発なので、即就寝。と行きたいところだったが、シャワー、綺麗な液晶テレビ、親切なスタッフなどの喜びで全然寝付けない。
結局、寝ずに寛ぎ、そのまま出発。

ここからは海岸線をひたすら北上。
ふたたびペルー・リマを目指すのみである。
チリの首都サンチアゴを目指し、アンデス山脈手前のメンドーサへ。
ボリビアのサンタクルズからここまで、ずっと地平線を眺めながら来た。
いよいよ二度目のアンデス山脈。
6000メートル級の山々を越える。

ただただ絶景…
5時間以上かかるが、全く飽きることがない。
隣の老夫婦旅行者も子供のようにはしゃぎ、写真を撮りまくっていた。




サンチアゴが近づいてくると、大規模なぶどう畑が。
今回の旅で、なにかとチリ人にいい思いをさせてもらっていたので、ぜひチリに来てみたかった。

到着後、すぐにペルー方面へのバス探し。
ここでついに、当日発のバスがなくなった。
連続車中泊ももう十分堪能したことだし、一週間ぶりのシャワーを求めて、バスターミナル隣のホテルへと流れ込む。
一週間分の宿泊費と考えるて、ちょっと贅沢することにする。
無事ブエノスアイレスに到着。
ここまで南下すると、ペルー・リマからの帰国便に乗れるかどうか、非常に怪しくなってきた。
というわけで、すぐにチリ・サンチアゴへのバス探し。
自分のインチキハイブリッドスペイン語に、丁寧に応対してくれた会社で即決!
しかも、荷物も預かってくれた。
夜には出発なので、どこを見ればいいかも教えてもらう。

自分は、どうしてもブエノスアイレスに来たいという気持ちが、心のどこかにあった。
その理由の一つは「肉が安い」と聞いていたから。
外国人などいそうにないファストフードの店で、ステーキらしきものを注文。
連日の両替でレートの感覚が麻痺しているが、確かに安い気がする。
ただ、ほとんど夜行バスで出される軽食ばかりで済ませている自分は、食が細くなっていた。
せっかく安いのに、持て余す。
本当なら、肉同様に安くてうまいと言われているワインも味わいたい。
ただ、そんな食欲、資金、時間もなく断念。

アルゼンチンを目指したもう一つの理由は「珍しいサッカーのユニフォームを安く買う」

南米、特にブエノスアイレスは、いたるところにいろんな大きさのサッカー場が見られる。
そして、サッカーのユニフォームもやたらと売っている。
しっかりコピーとオリジナルを分けているので、値段を聞けばすぐ分かるし、「これはオリジナルじゃないから安い」とはっきり言うので、悪い気はしない。

少ない時間、ビッシリ歩き回り、ブラジルのメーカー、ORINPIKUSの結構オリジナルに近い型落ち格安バッタ物を発見!
格安で値引きできないと言い張るおばちゃんに「かわいいですね!」を連発し、半ば強引に値引きに成功!
心置きなく、チリ・サンチアゴへと向かう。
6連続車中泊決行。


ちなみに、ペルーでは南米選手権3位のペルー代表のバッタ物を購入済み。
イグアスの滝で着ていたら、結構声かけられました。
イグアスの滝への玄関口のシウダッド・デル・エステ。
街の名前の発音もままならないまま、早朝6時到着。
いろいろ聞いて回ると、ここでローカルバスに再度乗り換えらしい。
サンタクルズで出会った日本人から…
「アルゼンチン側がいいらしい」
「パラグアイ出国のスタンプをもらわないと、罰金50ドル」」
と聞いていたが、なにをどうしたものか…
すると、ローカルバスの停留所に、どこか途方に暮れた感じの日本人らしき男性発見!
話しかけて見ると、案の定日本人。
自分同様、アルゼンチン側を目指しているyoshi君は、以前泊まった宿の忘れ物をもらったと言う外国人がよく持っているガイドブック、ロンリープラネット・南米編(英語版)を頼りにたどり着いていた。
日本人を避けてここまできたのだが、このyoshi君、なんとなく雰囲気が懐かしい友だちに似ていた。
話してみると、ますます親しみが湧き、一緒にイグアスの滝を目指すことに。
しばらくしてyoshi君20歳・自分40歳と判明。
双方声を上げて驚く。

なんだかんだでイグアスの滝・アルゼンチン側の街、ポルト・デ・イグアスに到着!

一泊するyoshi君(自分は今夜ブエノスアイレスへ向かう)の宿を見つけ、今後の資金を引き出しに銀行へ。
すると、なにやらyoshi君の様子がおかしい。
残り期間の短い彼は、キャッシングでやりくりする予定だったのだが、下ろせないのだ。
限度額オーバー?
まさか、スキミング?

一旦宿に戻り、日本に電話で確認。
まだ学生の彼は、限度額が少なく、帰路のアスンシオン-リマ間の飛行機チケットが高かったこともあり、限度額オーバーだった。
簡単に引き上げできるそうで一安心。
ただ、時差の都合で数時間後になるという。
それでは、イグアスの滝の入場料がない。
これもなにかの縁ということで、自分が貸すことに。

そして、自分は帰りのバスを探しておくため、入場用バス乗車を前にお別れ。
お互いの弾丸ツアーでは、ゆっくり話す時間もなかったが、久しぶりに気の合う友だちと話せたような気分を味わう。
Yoshi君、ありがとう!

その後、無事イグアスの滝を堪能。
資金の乏しい自分は、ボートで滝に突っ込む人気ツアーはパス。
入場料のみで適当に周った割りに、一番すごいとこ(滝の頂上?)がラストになり、ラッキーでした。




チチカカ湖、ラ・パス、サンタクルズ、アスンシオンと出せなかった絵ハガキも滝の頂上から投函。
そして、夕方から夜行バスでブエノスアイレスへ。
5連続車中泊決行。

さすがに、自分で自分の匂いが嫌になってきた…
ところが!
このブエノスアイレス行き、トイレにスプレー式芳香剤が!
ヤケクソで全身、帽子、バッグにスプレー。
これが目を疑う、じゃなく鼻を疑うくらい効果絶大!
もうちょっといけそうかな…とすっかりおかしくなってきている自分に気付きつつ、一路ブエノスアイレスへ。
いいバス会社でした。
CRUCERO DEL NORTE
2012.03.09 ボリビア越え
ボリビア・サンタクルズから、一路パラグアイ・アスンシオンへ。
一抹の不安が。
自分の持参した地球の歩き方は、ペルー・エクアドル・ボリビア編。
パラグアイから先の情報が乏しいのである。
とりあえず南米全体の地図は載ってるので気にしないことにする。

乗車前に、他の乗客と苦笑い。
両サイドに駐車していたアルゼンチン・ブエノスアイレス行きが超豪華だったのだ。
2階だて3列シート、液晶テレビ付き。
こちらは4列・エアコンなし・明らかにボロボロ。

このサンタクルズ・アスンシオンルート、ただただ地平線の間をひたすらバスに揺られる。
進めど進めど着かない。

パラグアイ入国時には、一列に並んでの手荷物検索。
バカでかいシェパードの麻薬チェック付き。

アスンシオン到着は25時間後。
乗り換えて夜11時発でイグアスの滝そばのシアウデッド・デレステへ。
ざっと6時間。
4連続車中泊決行である。
2012.03.09 目的地決定
サンタクルズへの道中、目的地を決めた。
パラグアイ、ブラジル、アルゼンチンの国境にあるイグアスの滝を目指すことに。
少しは日本人減るだろう。
サンタクルズでチケット探し。
南米では、バスターミナルにたくさんのバス会社がチケット売り場を持っていて、簡単に比較、購入ができる。
仕事もそこそこにテレビのサッカーに夢中な男・ハヤトの会社にする。
日本人だと言うと「ナカータ!ホンーダ!」と騒ぎつつ、多少値切れたので。
3連続車中泊決行。
パラグアイの首都・アスンシオンを経由し、イグアスの滝を目指します。
クスコを出て、ボリビアのウユニ塩湖を目指そうかと。
途中のプーノ・チチカカ湖あたりで、やたらと日本人が目に付き始めた。
あちこちから、ウユニ塩湖を目指しているという会話が漏れ聞こえてくる。

ちょっと感じのいい二人を発見し、声をかける。
yo君とアベちゃん。
やはりウユニ塩湖へ行くという。
周りの日本人とも、日本人宿で知り合っていて、顔馴染み。

ひとり旅で、あまり日本人と接触しようとしない自分に…
「心細くないですか?」
それをクリアしていくのがおもしろいんですが。
「近づいてくるペルー人追い払う方法あるんですよ」
写真撮らせてもらいたくて、こちらから手品見せにいったりしちゃってるんですが。

旅のスタイルは人それぞれ。
ただ、ウユニ塩湖を目指している、とりあえず周りにいる日本人を見ると、どうも自分とはかけ離れている感じがしてならない。
おそらく、日本人仲間がドンドン増えて、日本人と日本語で会話しながら、即席ツアーになるのだろう。

若干ひねくれた要素を持つ自分は、どうもそのあたりに引っかかっていた。
だったら最初から団体ツアーでいいし。
などと思いつつ、ラ・パス到着。
女の子二人組が、iPadで必死に情報を見ている。
バッグをコロコロ転がしながら。

この日本人の中では、ちょっと自分は楽しく過ごすことができないような気がしてきた。

ウユニ塩湖はやめよう。
行っても日本人だらけで、ワイナピチュ頂上みたいになる。

気がつくと、遠いサンタクルズ行きに飛び乗っていた。
2連続車中泊決行。
ウユニ塩湖に後ろ髪引かれつつ、次の目的地を検討することに。
とりあえずボリビア越えるか。
酸素薄い気がするし。
ペルー・ボリビア国境にて。
2012.03.09 クスコの衝撃
隊員の訓練所で知り合ったnagiちゃんが、facebookを見てメッセージをくれた。
「クスコにかわいい(?)友だちがいるんです」(原文抜粋)
それは会ってみなくては。
というわけで、連絡してみると快諾!

小柄で愛らしい雰囲気のシュシャさん。
日本語ベラベラ。
facebookのプロフィールで、なんとなく察しはついていたのだが、アニメ・マンガ大好き。
若いのに、奇面組の話ができる。
まさかクスコのスターバックスで、ジャンプの話で大盛り上がりするとは…

そんな話ばかりではなく、ペルー人について、教えてもらう。
「日本では、絆って話題になってましたが、ペルーでは当たり前のことです。そういうことを言わなくても、当たり前に助け合います。」
「ペルー人はガッツがあると思います。貧しい国だけど、まずしい部分は見せようしません。だから、物乞いは少ないと思います。」
「男の子はサッカー、女の子はバレーやります。学校ではなく、近所の友だちや兄妹と。ボールは貴重なので、ダメになっても大事にしてます。」

はっきり自分の意見を言う姿は、凛としてカッコいい。
いろいろ考えさせられました。
シュシャさん、ありがとうございました!
nagiちゃんへの届け物、しっかり届けます!
頂上から月の神殿なるところを経由するルートで、マチュピチュへ戻る。
来た時と違い、全然人がいない…
そして、全然着かんし…
神殿でようやく、米国マサチューセッツのカップルと遭遇。
反対側から来たそうで、まだまだ先は長いらしい。

神殿見物もそこそこに、再度歩き出す。
全然人がいない中、ボリビア人若者登場。
自分が日本人だと知ると
「TOYOTAは世界一だ!」と息を切らしながら叫ぶ。
ワイナピチュの山奥で日本のテクノロジーのすごさを知らされる。

しばらくして日本人トレイルランナー登場。
どことなく同期スリランカ隊員ぶっちぃに似ている。
と思ってたら、自分が以前履いてたSALOMONの靴履いてる!
すかさずトーク。
もう少しで出口だが、アップダウンがキツいらしい。

どうしようもないくらいヘロヘロなため、休みまくる。
神殿で出会ったカップル、TOYOTA好きボリビア人、日本人トレイルランナー、全員が折り返して抜いて行った。

なんとか出口に着いたら、12時半。
入山名簿をみると、早朝に入った人はほぼ全員出てました…
そこの管理人、よくしゃべるので、休憩がてら相手していた。
丁寧にノートに書いて日本語を教えたら、ドンドン聞いてくる。
飯田市で旅費を貯めるために働いていた時に、ブラジル人から教わった「おつかれさま」を教えたら、えらく喜んでくれた。
だんだん話が盛り上がり、
「天気と女心は同じだ!」
「愛してるの言い方を教えてくれ!」
「Kiss me は?」
かれこれ30分はいた。
一旦水を買いに遺跡の外に出たいと言ったら、
「任せろ、アミーゴ。近道あるから一緒に行こう」
遺跡には目もくれず、日本語を練習しながら一時退場。
IVAN、しっかり練習しろよ!
自分も、
「テ アモ」
「べ サメ」
は、しっかり覚えました!

ワイナピチュの出入口で、
「おつかれさま」
「チューして」
などと言われたら、教えたのは自分です。

素敵な女性2人(ビックリするくらいかわいい)、気の合いそうな落ち着いた雰囲気の男性となんとなく一緒になり、登ってきました。
この男性、ズバリドンピシャで気が合うことが判明!
ズボンが色違いの同じもの!
ファイントラックスという、知る人ぞ知るMade in JAPAN!
こだわり具合にシンパシーを実感。
スリランカでもうひとりのKさんと出会った時のような強烈な感動に、心が震えました。
当然ながら、女性2人はキョトンとしてましたが。

手前の山に先に登り、頂上かと思いきや、まだまだ別の山の頂上があると。
ちょっと下って登り直し。
「聖なる予言」にならって、エネルギーのレベルを上げて体力回復しつつ登ろう!
と思ってはみるが、息ばかり上がる始末…
さすがへなちょこ。
伊達に2年弱バレーせずに過ごしてはいない。

途中、ドンドン傾斜がキツくなって急勾配を実感したり、小さい穴をくぐったり、雲を下に見ながらの登山はアドベンチャー感いっぱいです。

苦労すれば感動も大きいもので、頂上からの眺めは絶景!
最高です!

と思ったのも束の間、周りを見渡すと日本人だらけ。
一番眺めのいいスポットに陣取り、全然動こうとしない人も。
早い者勝ちだからね。
どうぞご自由に。
日本人仲間には気を遣えるよね、日本人だもの。
俺はあなたとは知り合いじゃないから、日本人仲間ではないよね。

今回の旅で気づいたのだが、メキシコ、ペルーでは、本当によく「グラシアス」と耳にする。
自分もたくさん言ってもらっている。
地元住民に限らない。
アルゼンチンの人、チリの人、ボリビアの人…
とにかくあちこちから聞こえてくる。
ちょっとした気遣いに、口に出して「ありがとう」と言ってくれるのだ。
「ありがとう」と言われたがりでありたい(こんな日本語はないか)自分は、この旅では今までになく、外国人の写真撮影を買って出ている。
「グラシアス」と言われたい。
そこから会話も生まれ、楽しんでいる。
日本人には「撮りましょうか?」と言いにくい。
すごく警戒されてる気がすることが多くて…
今回のメンバーは非常に感じのいい方たちで、ホントによかった。
そして、この「ありがとうと言われたがり」
後で思わぬ展開を見せるのだが、それは別の機会に。

少々冷めてしまったので、帰りはたっぷり遠回りして、静かそうなルートでマチュピチュの遺跡群に戻ることに。
一緒に登ってくれた3人にお別れ。
ホントはゆっくりお礼を言いたかったんだけど、スペースと雰囲気が許さない感じで…
Koheiさん、T菜さん、M子さん、とても楽しく登ることができました!
ありがとうございました!

ところがこの遠回りルート、大変でした。
また次回に。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。