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2010.01.28 日本という国
日本は敗戦国らしい。
だけど、今は戦勝国アメリカと同盟を結んでいる。
アメリカと日本は、かなり遠い位置関係にある。

日本は、世界で唯一の被爆国らしい。
広島・長崎で、多くの人々が原爆の犠牲になった。
原爆を落としたのは、現在の同盟国アメリカである。

日本は、戦争を始めた国らしい。
アジア諸国に勢力を伸ばした過去もある。
そのため、近隣諸国とは歴史認識において微妙な関係にある。
戦後、日本は世界有数の経済大国になった。
今や日本の国民が稼ぎ出す国民総所得は、世界2位だそうだ。

ただ、自分はそういう現実を、どれもこの目で見てはいない。
今、残されている過去の事実、傷跡、記録。
そういうものを知ることが、今、そしてこれからの日本に何が大切なのかを考えるきっかけになる気がする。

特別に歴史や政治が好きなわけでもないし、知識が豊富なわけでもない。
ただ、無関心なわけでもない。
一人の日本人として、自分なりの考えくらいは持っていたいものである。

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などと偉そうに言ってみたところで、自分がそういうことを考えるきっかけといえば、所詮こういうもの(ただのマンガ)である。
自分なりのしっかりした考えなど、そう簡単にできあがるものでもない。
ただ、この中には十分に、日本と世界、世界の中の日本、日本という国の現状を、自分に考えさせるだけの力がみなぎっていた。
もう10年以上も昔のマンガなんだけど・・・

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2010.01.28 大統領選挙
スリランカ大統領の任期は6年。大統領の権限で、任期中に2年ほど前倒しして、大統領選挙に打って出ることができる。
昨年、長く続いた内戦を終わらせた現大統領は、長期政権を目論んでか、今年、この前倒し大統領選挙を実施した。
これに勝てば、残期間2年+次の任期6年、大統領のポストに就けるのだ。

対抗馬は、内戦で活躍した軍の元参謀長。
自分が一般市民に聞く限り、クリーンな人物として知られている。
一応、接戦が予想されていた。

スリランカはやたらと省庁が多く、56もあるらしい。
偉い役職につけば、給料は高い。
そんな人が多くなれば、国の財政が楽な訳はない。
そして、ポスト獲得にはお金のやりとりが重要。
賄賂・買収は周知の行為なのだ。

今回の選挙では、対立勢力間でいさかいも絶えず、死者も出ている。
テレビで片方に有利な情報を流すなどの違法行為も、ごく自然に行われている。
あるスリーウィル(トゥクトゥク)の運転手曰く・・・
「ホントはだめなんだ・・・」

街に貼られているポスターも貼り放題。
金があれば、いくらでも貼ってよし。
しかも対抗勢力のものは剥がされるらしい。
また別の運転手曰く・・・
「だからあっち側のポスターはないだろ?」

投票に行った対抗馬本人。
投票所で名簿に名前がなく、投票できなかったそうだ。

終わってみれば、現職の圧勝。
爆竹を鳴らして喜ぶ人たち。
あきれたようにため息をついている人たち。

働いてお金を稼ぎたくても、仕事がない国。
がんばって勉強しても、全体の数パーセントしか大学進学できない国。
日本車輸入には100%近い関税がかかるが、インド、中国ならほぼ課税なしで輸入できる国。
この国はこれからどうなっていくんだろう。

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歴史や政治というものは、一言で語れるものではない。
視点・立場が変われば、意見は全く異なってくる。

スリランカの人は、反米感情が強い印象を受ける。
「原爆を落としてたくさんの人を殺したからだ」
そんな言葉も。
そして親日家が多い。
第2次大戦中、スリランカに空爆したのは日本なのに。

どうして戦争は起こったのか。
戦争とテロはどう違うのか。
なぜテロも戦争もなくならないのか。
自分は日本人として、日本のなにを知っているのか。

そんなことをこの本・漫画を読んで考えさせられた。
結論は何も出ないのだが。

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2010.01.17 名前の話
自分の本名(苗字じゃない方)はちょっと変っていて、同じ漢字で同じ読み方の人がいない、というか今まで出会ったことがない。
国籍に関係なく非常に覚えやすくて呼びやすい名前なので、自分はとても気に入っているし、名づけてくれた親にはとても感謝している。
ネパールの山奥にまで、国籍を超えて同じ名前の子がいたくらいだし。

そんな中、な、な~んと!
わざわざこの日本人の少ないスリランカに、苗字は違うが、名前が漢字も読み方も同じ新隊員がやってきたのだ。

まさに青天の霹靂。
とはいえ、すんなりとは読んでもらえない、でも一度ではっきり覚えてもらえる、など、この字・名前ならではの想いを分かち合える仲間との出会いに、自分は身が震えるほど感動した。
この出会いは奇跡である。
いつの間にかこちらから握手を求め、先方も笑顔で応えてくれた。
「K」に悪い者なし!

新隊員歓迎会の自己紹介で、どちらを「K」と呼ぶかという話になり、ジャンケン対決。
あっさり破れる。
自分:「これからはS藤さん(本名・日本で一番多い苗字)と呼んでください」
場内:「え?S藤さんだったんですか??」
との声がチラホラ。
これは今までの人生でもよくあったことで、自分は「K」のインパクトが強く、広く「K」としてのみ、認識される傾向にあるのだ。
だから、苗字を覚えていない人は非常に多い。
というわけで、自分は「S藤さん」と呼ばれてもすぐには振り向けない。
だって、いっぱいいるから自分じゃないかもしれないし。
しかも、そう呼ばれた環境では居心地がよくなく、なぜか長続きしなかった。

まあ、何はどうあれ、自分は自分の名前が気に入っている。
みんな、かぶってもいいから「K」って呼んでくれ。
でないと、すぐには振り向かないから。

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ちなみに、日本にいたころ読んだこの本の中で、「S藤さん」は、国中から追い回されます。
すごくおもしろい本だったけど、なんだか複雑な気分でした。

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日本的にいう秋から、昨年の反省を踏まえつつミニバレー(4人制)のチーム作りに着手。
今回は、涙を呑んで女子に限定。
昨年2回の全国大会を経験した女子(14~16歳)、人数は少ないが熱心に来る男子ともども、コンスタントに練習してきた。
冬休み前には、任期を終えた先輩隊員Rちゃんがわざわざ見に来てくれ(Rちゃんブログ参照) 、そのゲスト効果もあり、冬休み中、特にミニバレーの子たちはよく練習した。
とはいっても、まだまだアンダーパスとサーブくらいしかやっていないが、上の子たちと一緒にブラジル体操がやれるようになってきたり、縄跳びを自宅でもやらせたりしているので、少しずつ運動能力が上がってきている、と思いたい。
まだ3回でボールが返ることは少ないし、サーブも上手な子で6割、後ろにボールが飛ぶこともある(自分には真似できない)が、話を聞いていないと激怒されることを学んで、練習はずいぶんスムーズになった。
まだまだこれから。 
じっくりいこう。

ミニバレー女子メンバー
ミニバレー女子

ミニバレー・期待のタミル人・サティアップリア
自分譲りのホールディングまがいのオーバーパス習得中。
(フレンドリー岐阜のみなさんからいただいた4号球・小さい子にピッタリです!ありがとうございました!)
サティアップリヤ・ハンドリング


同時進行で、上の女の子たちはポジションを一新。
オーバーパスでトスして攻撃という新たな戦術に取り組むべく、日本で一番一般的な3-3のフォーメーションに挑戦。
前回までの2セッター、アヌッタラー(身長・指高・足のサイズとも自分より大きい。No9さんのシューズはいてます)を攻撃の中心・センターに、フットワーク、頭の回転のいいムスリム・ファーティマをリベロ・サイドアタッカーに、ということで、セッター2人をあっさり交代。
オーバーパスを怖がらない元レフトのイシャーラ、一つ年上でしっかり者のコーシャラーを新セッターに据える。
学校があるうちは基礎的な練習のみ、とにかく回数をこなすようにして、冬休みあたりからブロック、フォーメーションを中心に練習。
「頭がいい」と先生たちの評判のいい子達なので、雨の日を利用してフォーメーションの講義もしてみた。
板書の書き写しばかりのスリランカの教え方と違う自分の教え方に、しっかりついていこうとがんばっていたし、ついてこれていた。
各自のノートに記録させたのだが、ファーティマは自分から申し出て、全体で残してきているノートにわざわざ清書してきた。
最近始めた自転車のチューブを使ったトレーニング(支柱に結んで引っ張るだけだが)も、きちんとサーブを意識してやっているし、縄跳びも跳び方がきれいになってきた。
まだ昨年の全国決勝レベルには程遠いが、可能性は十分あり。
あとはこちらの腕の見せどころである。

雨の日にはボールバッグ作りも。子どもが作りました。もう何個作ったか、数え切れない・・・
アヌッタラー(左)チームのブレーン・タルシ(中央)働き者のサンダルワ(右)
子ども作成手作りボールバッグ


新学期に入ると、1月下旬に大会があるとの連絡が。
去年はなかったが、一昨年はあった大会で、残念ながら、16歳以下のみの開催。
とはいえ、我がSt.Mathew's Collegeは、16歳以下女子が旬である。
これは絶好の機会。
この世代、去年は州3位、全国ベスト8。
新年早々、リベンジのチャンス到来である。
ただ、州予選には、DSIトーナメントで助っ人に来てくれた2名を含む昨年の州1位・全国ベスト8のケティヤペ、準決勝で苦杯をなめた州2位・全国ベスト8のチームもおり、全く予断を許さない。

あくまでも目標は賞金の出るDSIトーナメントなのだが、それまでにできるだけいろんなチームと対戦しておきたい。
そのためにも、今回は全国出場が絶対条件。
がんばりどころである。
数え切れないほど対戦してきた函館東高校(現市立函館)OBチームの方のブログをリンクしました。
函館方面、及び北海道の高校バレーの情報がリアルタイムで見れます!

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諸事情により、ホームページは閉鎖します。
こっちにきて全く更新もしてないので・・・
ブログで充分ということですね。

遅ればせながら、みなさん、今年もよろしくお願いします。
スリランカといえば紅茶。
マンガ「美味しんぼ」でも、山岡&栗田が究極の紅茶を求めて、わざわざスリランカのウバ州(かつて先輩隊員Rちゃんがいた)まで来たくらいです。
残念ながらインドのダージリンのものが選ばれましたが・・・

そこで今回は、おいしいミルクティー・シンハラ語で「キリテー」の作り方です。
こちらでは、ティーバッグで飲むことは皆無です。
自分のいるデニヤーヤでは、売ってもいません。
普通に売っているのはむき出しの葉っぱ、要はティーバッグの中身だけです。

まず容器2ヶ、茶こし(網目の非常に細かなもの)を用意します。
容器Aに紅茶の葉(おおさじ1程度)を入れ、
tea1
熱々の熱湯(200ml程度)を注ぎます。
tea2

容器Aを放置し、容器Bに砂糖(お好み・今回はおおさじ2)
tea3
粉末ミルク(お好み・今回はおおさじ2)を入れます。
スリランカのミルクティーは「粉ミルクティー」の場合が多いようです。
tea4
ちなみに、スリランカ人は砂糖・粉ミルクを「えっ?」を思うほどたくさん入れます。
数週間も飲み続ければ、その甘さがたまらなく愛しくなってきます。
砂糖・粉ミルクを激しくかき混ぜてから、熱湯(200ml程度)を注ぎます。
tea5

結構かき混ぜてから、放置していた容器Aも激しくかき混ぜます。
このかき混ぜるというのがおいしさの秘密なんじゃないかと、自分は分析しています。
tea6

茶こしを使って、かき混ぜた紅茶をミルク側に注ぎます。
ここでもかき混ぜます。
tea7
tea8
そして茶こしを使って、カップに注ぎます。
tea9

「今日はミルク入ってないよ!」
tea10
最近、カウンターパート・スニルさんの子ども・タルシ&チャトゥミはそんな冗談を言いながらからんできます。
かわいすぎる。
「目の中に入れても痛くない」というのは、きっとこんな感覚なんでしょうね。

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余談ですが、自分はカレーライス、トーストに塗るバター+ジャムも、じっくりかき混ぜます。
誰になんと言われようと、そっちの方がおいしいのです。
一所懸命かき混ぜられる紅茶を見て、これならおいしいはず、と思っています。
世界中からヒマラヤに登りに来る外国客であふれている首都カトマンズ。
そして、今回自分が長く過ごしたポカラ。
どちらも登山用品の店であふれかえっている。(ポカラには50件以上、カトマンズ・タメル地区ではそれ以上)
海外旅行をするようになってから、登山グッズ(けっして登山が目的ではない)と旅行グッズに目がなく、なにかするにはまず道具から入っていく自分には、まさに買い物天国。
スリランカでは使うことのないであろう厚手のウインドブレーカー(アークテリクス製・日本では2万円前後)のものを約2600円で、40リットルのリュック(お気に入りのドイター製・日本では8千円前後)を約1800円で、その他小物いろいろを買ってしまった。
まあ、バッタ物だとしても十分許せるお買い得感。

自分は買い物はじっくり下見してから買いたいので、ポカラのメインストリートにあるアウトドアグッズショップ(50件以上ある)をくまなくチェック。
しかも数日に渡り何回も行ったものだから、「I remenber you!」なんて言われる店まで出てきてしまった。
そして人種が豊富なネパール。
西洋人っぽい顔、インドっぽい顔、中国っぽい顔、日本っぽい顔、中東系っぽい顔・・・
豊富に取り揃えているため、自分もネパール人に見えるらしい。
「ヨー カティ ホ?」(これ、いくら?)と同期隊員ミキティに教わったネパール語で尋ねると、ベラベラとネパール語で返してくる。
とあるお店で、さらっとネパール人向け価格(激安)を言ってきたおばちゃんに「ネパール人だと思った」と爆笑される。
Himalaya Trekking Equipment Shop

別の店でも同じように盛り上がっていたところ、親戚が稚内にいたと言い出した。(自分は北海道出身)
そんなバカな・・・
と思いきや、しっかり某大学のパンフレットに写っていてビックリ!
wakkanai hokusei university

カトマンズでの最後の2日間も、観光地には目もくれずアウトドアグッズを物色。
いろんな品揃えとともにいろんな人種の店があり、非常におもしろかった。
kathmanduのアウトドアショップ

そして、旅の疲れを癒すべく、事前に調べてあった温泉へ!
ポカラのバスタブ以上に期待していったところ、なんと!
その2日間は温泉お休み・・・レストランのみ営業だそうで。
Royal Hana Garden

がっくりと肩を落とし宿に向かう途中、偶然見つけたマッサージ店に入ることにする。
「ニホンジンデスカ?」
いきなりネパール人男性に日本語で言われてぶったまげたのだが、話を聞くとその人が店長。
日本で修行して開業したそうで、問診表も日本語で書かれていた。(要はパクっているのだが)
日本並みに清潔感あふれる室内で、ネパール人の感じのいい女性が施術(タイ式マッサージ)してくれ、自分の鋼の肉体(単に体が硬い)を容赦なくバキバキ言わせていただきました。
90分1400ルピー(約1600円)と、ちょっと高めなのは玉にキズだったけど・・・
明日はいよいよ帰国の途につく。
>Green Massage Center


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買い物だけでなく、ネパールは和食、イタリアン、おいしいパンなどなど、お食事天国でもあった。
ふらっと入ったカトマンズの日本食店では、カツカレー、チャーシュー麺を食べて約500円。
焼肉店では炭火で焼いて食べた。
ポカラでは夢にまで見た「卵かけご飯」も食べ、すき焼きは「すき焼きって、こんなにうまかったんだ」と思うほどだった。
そのほかにも本格ピザにステーキ、そして何よりも忘れられない、奇跡のようにおいしいクレームブリュレ・しかも特大!と、気がつけば自分はネパール料理は「モモ」という餃子くらいしか食べずに帰国していた。
しかも、食べ物が出てくると食べることしか頭になくなり、写真も残っていない・・・
貴重なネパール料理の写真「モモ」
モモ


2010.01.08 ポカラにて
静かな湖畔でのんびり・・・と思いきや、なんと滞在初日からしばらくお祭りでした。
pokhara festival

買い物(大半が下見)に明け暮れ、安くておいしい食事を堪能したポカラでの6日間。
元旦に、ちょっと山でも行こうかと思って出かけてみた。
山に登るなら、横着して車で行けるところまで行ってから登ろう・・・と、へなちょこぶりを発揮する気満々だったのだが、なんとストライキにぶち当たり全面交通機関ストップ。
渋々自力で行くことに。
勾配が緩いと聞いていたオールドバザール方面から、一路サランコットへ。

途中で家を建てていた人を見て、自分は腰が抜けるくらい驚いた。
間違いなく、函館の友人「K賀くん」である。
K賀くん
一緒にカラオケで「ペガサス幻想(ファンタジー)」を熱唱したとき、エアギター、エアドラムをしている仲間の中で「エアDJ」をしていた姿は今でも忘れられない。
しかし、当然本人であるはずもなく、「そういえばK賀くんはビンラディンにも似てるって言われてたなぁ・・・」などと思い出しつつ、歩を進める。

途中のお店で一休みしていると、ようやく歩けるようになったくらいの子どもがチョロチョロ出てきた。
すると、お母さんが大声で「ケーイ!○×▼※◇!」
なに!?なんで俺の名前知ってんだ!?
と思ったら、この子、名前がネパール語で「ケイ」という意味だそうで。
「My name is KEI!」と自分が話すと、向こうもビックリ!
ちなみにネパール語で「ケイ」がなにを表すのかは分からなかった。
サランコットのKちゃん
サランコットのKちゃん

先月38歳になった体力を痛感させられながらも、なんとか登頂成功。
ポカラ市街から見るよりも、グッとヒマラヤが近づいた。
反対側にはパラグライダーとレイクサイドの町並みと、なかなか壮観である。
山の眺めとネパールで売っていた「マウンテン・デュー」
Lakeside

帰りがてら、地元住民に「フォト キツィナ サクチュ?」(写真とってもいい?)と聞いたら、「Money?」と答えられる。
その後、別の子どもに同じように聞いたところ「5ルピー、5ルピー」と騒がれ、少々複雑な気分で宿に戻った。
なにがどう複雑なのか、自分でもよくわからないのだが。

数日後、お祭りも終了し交通も復活。
今度こそへなちょこぶりを発揮しようと、タクシーでサランコットより遠いダンプスへ行くことに。
明るいおじいさんドライバーと交渉成立。
お気に入りのパン屋さんでチョコクロワッサンなどを仕入れ、一路ダンプスへ。
カトマンズ・ポカラとも、どこのパンにもはずれはなく、パン好きな自分にはありがたかった。
German Bakery

1時間弱で登りの道に入るとかなりデコボコになり、歩くよりは速いという程度のスピードで登る。
登山客はほんの数名。
ゲストハウスもいくつかある。
頂上付近と思われるところには学校も。
ダンプス・学校

サランコット以上にいい眺めなのだが、自力で登ったサランコットの方が気分がよかったのは言うまでもない。
今度は自力で登ろう、とりあえずそのためには体力を・・・とほどほどに誓いつつ、宿に戻る。
気のいいおじいちゃんドライバー・なぜか写真では渋い表情。
ダンプス・ドライバー

ポカラでの宿泊先は「菜の花ロッジ」
ここにいる目的はただひとつ。
バスタブである。
毎晩バスタブでのんびり・・・と思っていたのだが、ネパールは電気事情が悪く、お湯がぬるかった日もあったが、まあ、そんなもんだろう。
菜の花ロッジ・バスタブ

この「菜の花ロッジ」、スタッフの一人は、どう見ても日本人の女の子なのだが、正真正銘のネパール人。
日本語が結構できるネパール人オーナーははっきりした外人顔で、不思議な感じだった。
菜の花ロッジ
ネパールにも青年海外協力隊は派遣されていて、今回は事前訓練で同じ班だったミキティ(♂・函館出身)とカトマンズで再会、いろいろ案内してもらった。
自分も函館には長くいたので、地元ネタあり、活動の話あり、トークに花が咲きまくり、2泊3日があっという間に過ぎてしまった。
彼は高校時代、ギター片手に路上ライブをしていたくらいのミュージシャンで、自分も五稜郭の地下通路で彼の歌を聞いていたかもしれず、本当に出会いとは不思議なものである。
観光地・ダルバール広場にて、地元住民と普通に話すミキティ。
身振り手振りを交えなんだか変に熱心に話すネパール人。
ちなみに、カトマンズはホコリ・排気ガスがひどいため、マスクをしている人が多く、ミキティも例外ではない。
クマーリの館

後から聞くと、ネパール語ができる日本人相手にどうでもいいトークを繰り広げるガイドを相手に、仕方なく付き合っていたそうで。
そんなところに彼の人の良さを実感。
そのからみやすさは、ミキティならではの魅力である。
ミキティ、いろいろありがとう!

その後、ポカラでは、Women's Skill Development Project という団体(かなりメジャー)で手工芸を教えているTさんの職場を訪問。
体の不自由な人、家庭に問題がある人、遠方から来て技術を学び地元に還元しようとする人、カースト制度で一番低い身分とされる人などなど、いろんな女性たちが一緒に働いている。
そこで売られているものは、正直言って驚くほどしっかりしたもので、見栄えも非常にいい。
案の定、発注が多く、休日も仕事に出ているそう。
元気な店員さんのいるショウルーム(写真)で、ごっそりお土産買わせていただきました。
Tさん、残り半年、お互いがんばろう!
Women's Skill Deveropment Project
2010.01.05 いざ新年
青年海外協力隊の隊員は、2年間の任期中、20日間の海外旅行が許されている。もちろん全額自己負担。
行ける国は制限されている(スリランカからは4カ国のみ)が、せっかくなので、どこかへ行こうかと。

リゾートで有名なモルディブは、一人で行くのはわびしすぎるとの周囲の声から却下。
旅人なら誰もが足を伸ばそうと考えるインドは、行ってきた隊員が軒並み体調を崩しており、少々ハードそうなのでパス。
タイは行ったことあり。 (HP参照)
というわけで、残された選択肢「ネパール」を目指すことにした。

去年はスリランカの聖峰「スリーパーダ」に登り、初日の出を見た。
今年はヒマラヤでも眺めながら、新年を迎えよう。
常夏のヒッカドゥワから、いざヒマラヤの麓・ネパールへ・・・
2010.01.02 真夏の冬休み
クリスマスが祝日のスリランカ。
土日とセットで3連休になり、隊員仲間7人とリゾート地・ヒッカドゥワに行くことに。
自分以外の7人は、この機会にスキューバダイビングのライセンス取得を目指す。
自分はというと、まったくスキューバに興味がないため、ゴロゴロ・グダグダした日常の獲得を目指す。

仲間はそんな自分にずいぶん気を遣ってくれ申し訳なかったが、毎晩の酒盛り、クリスマスならではのプレゼント交換なんかも楽しく、昼間は宿「ポセイドンダイビングスクール」に偶然あった漫画「ベルサイユのばら」に没頭し、充実した怠惰な日常(変な日本語?)を獲得することができた。
変な格好でゴロゴロしながらマンガに読みふけっていたため、少々まだらな日焼けをしてしまったが、それもご愛敬。
元々アニメ「ベルばら」に夢中になったことがあったので、原作が読めて大満足。
もしカラオケがあれば「バラは、バラは・・・」と熱唱していたことだろう。

ヒッカドゥワの近くに隊員仲間の一部で非常に話題になっている場所がある。
それがこれ。
亀ハウス

まさにドラゴンボールの亀仙人の家にしか見えないのだ。
ぜひ筋斗雲で飛んでいきたいところなのだが、元来邪まな魂の持ち主の自分には、クリリン同様、筋斗雲に乗ることはできないだろう。
その邪まぶりと、海に来てもシュノーケリングにすら腰が引けているへなちょこぶりは新年を迎えても健在にちがいない。

この連休の締めくくりは、派遣前訓練でシンハラ語を教えてくれたシリ先生のお宅訪問。
日本語ベラベラの息子に最新のおもしろ日本語(ダテメ=ダテめがね、とか)を教わりながら、今年も「嵐」は結構売れたなど、日本の情報を仕入れ、大豪邸で3連休を終える。
いよいよ日本を離れ最後の正月を迎えることになる。
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