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この国は、日本以上に学歴重視の社会になっている。
大学に進むことで、格段に違った人生が拓けるのだ。
大学は基本的に学費無料、地方の人間には寮があり、生活費も結構出るらしい。
だから大半の子どもはそれを夢見ている。
その結果「塾」に通う子がすごく多い。
5歳から通っている子もいるし、毎日のように行く子も少なくはない、というか多い。
8時から1時半までの通常の授業では内容が不十分というのが、自分が子どもに聞いた大半の理由。
そして塾の講師は、普通に学校の先生がやっている場合が多い。
先生の副収入源としても活用されているのだ。(普通の先生の月収=約20,000ルピー=約20,000円)
職業=収入源の少ないスリランカならでは(おそらく諸外国も同様であろう)といった感がある。
バレーで就職する子はほんの一握りで、大学進学よりもずっと確率が低い。
といっても、大学進学も全体の数パーセントしか進学できないらしいので、結局、どちらもむずかしいことに変りはない。
野球のナショナルチームの練習の手伝い(「野球やろうぜ!!~熱い戦い~」参照)で、いくつかの大学を訪れたのだが、大学は日本の大学並の施設。
子どもたちがあこがれるもの無理はない。

そのせいもあって、昨年11月の大会終了後、メインの女子U-17のチームの練習出席率が格段に落ちていた。11月まで重点的にやってきた子たちは、やはり上手い。そしてまだまだ伸びる。
実にもったいないのだ。
ただ、その間、男子や若い世代に時間を割けたので、男子は確実に上達し女子U-17にも簡単には負けなくなった。
これは密かに目論んでいたことであり、練習でのゲームのレベルアップには対戦相手が重要ということで(真面目な男子の意欲にほだされた部分もある)男子のレベルアップはうれしい限り。
そして、U-15女子にも結構時間を取れたので、そっちにはブロックを教え始めた。
といってもアタックをブロックするのではなく、ネット上のボールを押し込ませるのだ。
U-15女子のメンバーは非常に身長に恵まれていて、平均すると、U-17より遙かに高い。
レジーブによるリターンエースが多いスリランカ女子バレー。
それに対抗する手段として、思い切ってやってみることに。
やらせてみると、どうやら効果的だと思ったらしく、やたらと練習したがるようになった。
それを武器に今後はU-17に挑めるようレシーブ強化に移行する予定。といってもこれが一番時間がかかるのだが。

そんなこんなで、女子2チームが参加する州予選が来月上旬に近づいてきた。 (男子は地区予選敗退済み・「予選スタート」参照)
分かりやすいもので、試合が近くなると女子U-17の出席率も上がってきた。
雨が増えてグランドが使えなかったり、コートの割りに人が多かったり、いろいろと問題はある(これは別の機会に)ものの、いよいよシーズン到来である。

「がんばった分報われるのは勉強とスポーツ」と言いたいところなのだが、スリランカではその報われる割合が少なすぎる。
言うまでもなく、教育は国の発展に非常に大切なこと。
ただ、この国では、国民の期待、意欲の割りに受け皿が乏しいのだ。
その辺は、内戦の終わったスリランカ。
大学を増やすなり、スポーツを活性化するなり、方法はいくらでもあるので今後に期待したい。
でも、自分に残された時間はあと1年ちょい。
そんなものを待っている暇はないので、がんばってきた子たちが報われるよう、やっていくだけである。

こんな風に草でラインを作ったコートも最近は水浸し・・・そんなことにめげてはいられない。
手作りライン

壊れたネットも、新たにロープを取替え自力で縫って修理。
(これはインド製で600ルピー=約600円・1ヶ月で壊れる)
ネット修理
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日本に帰ったヒロりん(「さよならヒロりん」参照 )から、救援物資が届いた。
しかもそのメインは「ボール」
それもこっちでは手に入らない「軽量・4号」なのだ。(軽くて小さい・日本では小学生が使用)

低年齢層のチームを作り始めたのはいいのだが、
① ボールが両手に納まりきらず、オーバーパスができない。
② ボールが重いので遠くに飛ばせない。
これは非常に痛い問題。
ボールに慣れる、というより痛みに慣れるのが練習になってしまう。
そこで、ヒロりんにお願いしていたのだ。

案の定、使用開始から小さい子たちには大人気である。
痛くないのだから、力任せにやる必要がなくなった。
その結果、ボールコントロールがよくなるのは当然のこと。
レシーブでは手を振り回さず、ひじを曲げなくなってきた。
サーブもボールの反発力を使わずに、きちんと低いトスから打てるようになってきた。
(これは少々説明しにくいが、ボールを跳ね返すのではなく、放り込むようになった感じ)
そして何よりも、打ったスパイクがネットを越えやすくなったのだ。
スパイク大好き国民なので、これはうれしい。

そして、ヒロりん、我が家とカウンターパート・スニルさんのところの子ども4人にもプレゼントを贈ってくれた。
女の子三人にはぬいぐるみ、男の子一人には「ミニ四駆」である。
この四人の子ども、ヒロりんには非常によく懐いており、今でも頻繁に会話に出てくる。
スニルさんのとこの姉タルシ、妹チャトゥミはあまりにも大切にしすぎで、ビニールに入れて保管したまま、寝床に収納。
友達にも見せようとしない。
大家であるセーラシンハさんのとこの下の女の子エランディは、毎日抱いて寝ていて、起きたときに探し回るのが日課になっている。。
そして、上の男の子アヌッタラー、大喜びで、ミニ四駆、一人で作りました。
セーラシンハさん曰く、「こういう風に「作らせる」ものは、スリランカにはない。だから日本人は賢くなるんだ」
確かにスリランカにプラモデル系は見られない。
タルシとミッキー
チャトゥミとミニー
ミニ四駆とプルート

そしてこの子たちにもボールをプレゼント。
これが想像以上に大好評。
練習終了後に毎日、タルシとチャトゥミの練習に付き合うのが新たな日課になってます。
アヌッタラー(11歳)とタルシ(8歳)はすでに自力で壁打ちを習得。
今度ヒロりんが来るときには、きっと対人くらいは軽々とこなしそうである。

おまけに、自分あてにご褒美として購入したG-shock(ドラマ「SP」の岡田准一モデル)も送ってもらいました。
ヒロりん!ホントにいろいろありがとう!
2009.05.25 リンク追加
3月に来てくれたチームメイトのshu2( 「shu2合流!?」参照 )のブログが新しくなりました。

一人で世界一周旅行に旅立ったはずなのに、なぜか「together」になっちゃってます。
ぜひご覧ください!

Let's start world journey together さあ、二人で世界旅行を始めよう。
2009.05.22 飼育開始
今週から雨が目立ち始めたデニヤーヤ。
バケツをひっくり返したような雨もしばしばのため、ちょっと贅沢に学校までスリーウィルに迎えに来てもらって帰った。(170ルピー=約170円)
(ちなみに、普段は街まで15分程度歩いてから乗る。100ルピー=約100円)
動き始めて間もなく、、なじみの運転手のティルナが、なにやらわめいている。
激しい雨音のためよく聞こえなかったが、なにやらフロントガラスにくっついているらしい。
よく見てみると・・・「カドゥッサー!!」
なんとカメレオンじゃないですか!!
以前捕獲したもの(「捕獲成功」参照)と比べるとかなり小さく、全長約15センチ、その約半分はしっぽです。
どうやらまだ子どものよう。
ちょっとかわいそうな気もしたけど、「カメレオンを飼う」なんてことは日本では不可能なので、思い切って自宅まで連行、ペットとしてちょっと飼ってみることに。
入れ物がないので、取り急ぎ1.5リットルのペットボトルを仮宿舎に。少々苦戦しつつも投入成功。
ようこそカメレオン

「カメレオンは色が変わる」 これは誰もが知っている。
実際自分は、木にしがみついている茶色いカメレオンも見ている。 (「田舎でホームステイ」参照)
けど、色が変わる瞬間って、どんな感じなんだ??
考え始めると、いろいろ試してみたいことが出てくるものである。
まずは今日一晩透明なペットボトルに入れてみて、「透明になるのか!?」見てみることに。
まあ、なるわけはないのだが。

今後は・・・
エサを食べるときには舌を長く伸ばして捕獲して食べるの・・・?
鳴くの?
寝るの?
かむの?
人には慣れるの?
いろいろ観察してみる予定。
日本では爬虫類は「鳴かない」「におわない」「癒される」(ってホントかな?)などと、室内ペットとしては隠れた人気らしい。
環境の変化に慣れずに死んだりしないよう愛情を持って接していこう。
やってみたい実験がある方募集中です。

ちなみにこれは、最近グランドに現れたカメレオン。
全長約25センチ、多分大人。(だと思う)
背びれみたいのとか、横の模様とか、全然立派です。
大人のカメレオン
2009.05.20 終戦に思う
ついにスリランカの内戦が終わったらしい。
自分はその日、ビザの延長手続きを終えて、コロンボから帰るところだった。
「ゴールロード」という国道2号線的な道路を4時間かけてゴールへ、そこから内陸へ向かう山道に入り少し前に自爆テロのあったアクレッサまで1時間(「テロの脅威」参照)アクレッサから2時間、トータルで7時間近くかけてデニヤーヤへ戻ってきた。
道中いたるところで、平日の昼間にもかかわらず、大勢が道路沿いで集まって国旗を振って終戦を祝っていた。
仕事のない人たちがこんなにいるものなのか・・・
「私たちは勝った!」という言葉が多く聞かれた。
祝っているので、シンハラ正月のように、爆竹をバンバン鳴らし、踊っている人もいて、楽しそうである。
無料で「キリバット」というココナッツミルクで炊いたご飯を振舞っていたりもする。
わざわざ走っているバスを止め、ヅカヅカ乗り込んで振舞おうとする人までいた。
バイクやスリーウィル、トラックの荷台でも、ギュウギュウ詰めになって国旗を振りまわしながら大騒ぎしている。
戦争が終わるって、こんなにおめでたいことなのか・・・
なんとなく自分は冷めた目で見ていた。(元々お祭り関係はあまり好まない)

翌朝、大統領の演説があるというので、学校の隣に住んでいるカウンターパート(相棒)スニルさんの家のテレビが、学校に設置された。
14型のテレビを全校生徒が見るという、無謀としか思えない展開。
子どもたちも喜んだ様子で「Sir!戦争終わったよ!」と笑顔を見せていた。

そんな中、スニルさん、どこか浮かない顔をしている。
話を聞いてみると・・・
「長い戦争の中で大勢の人間が死んでいる。その家族は悲しんでいる。LTTE(今回壊滅させられたタミル人グループ)だけじゃなく、政府軍も、民間人も。そして家族や家を失くした人たちのことをこれから考えていかなくてはならない。だから戦争はまだ終わっていないんだ。爆竹買うくらいなら、難民に寄付した方がいい。」
まったくもってそのとおりである。
日本では終戦記念日はすごく厳かな雰囲気であったことを、ふと思い出した。
内戦が終わったことは、当然歓迎されるべきことではある。
ただ、お祭り騒ぎでお祝いするべきなのか。
スニルさんのように考える人が他にもいるのだろうか。

「でも、この考えはあくまで自分の個人的な考え。だからほとんど話さない。「偉い人たち」から迷惑がられるだろ。」
と言って、どこか皮肉そうに微笑むスニルさん。
そうなのだ。
この国は俗に言う「偉い人たち」が豊かに暮らし、一般市民の生活は決して楽なものではない。
賄賂が日常化していて「偉い人たち」はなかなかうまいことやっているらしい。
そして、市民レベルでそれを糾弾することはタブー。
報復行為が怖いのだ。
一教員が校長に楯突こうならものなら、左遷は当たり前らしい。
それは行政全般に言えることらしく、一般市民はもうあきらめている。
戦争が終わったとは言っても、この国が豊かで貧困のない国になることができるかどうか。

ここのところスニルさんは、来月ある州予選への交通費の捻出に頭を悩ませている。
親の仕事がないため収入がなく、交通費が全く出せない子もいるのだ。
そして、その分はスニルさんがいつも負担している。
せめて子どもがみんな靴をはいてバレーができて、自分の遠征費用は出せるくらいには、経済力のある国になってほしいと願うばかりである。
というか、そんな風に自分が思うこと自体、日本が豊か過ぎるのだろうか・・・
2009.05.11 救援物資
日本から2つ目の救援物資が届いた。
父からである。

勝手に仕事を辞め、病床の母のことをまかせっきりにしてスリランカに来ている馬鹿息子に、わざわざ不慣れな英語で宛名を書き、送ってくれた荷物。
ありがたいことこの上ない。
父さんありがとう!
そして、この救援物資、なによりも父らしさ丸出しでうれしかった。

実家にはインターネット環境がないのだが、わざわざ伯父が自分のブログをプリントアウトして送ってくれているので、今の自分の状況は実家をはじめ親戚一同も結構知ってくれている。
その父が送ってくれたもののメインは「ビニールシート(特大)」「ネット(数種類)」「ロープ(数種類)」「瞬間接着剤(大量)」
いろいろ作っている自分のことを考えて、「材料」を送ってくれたのだ。

思えば自分の小学校時代の自由研究は、ほとんど父が作ったも同然だった。
家には父お手製のものがいろいろあった。(効果・評価はいろいろだったが・・・)
そうなのだ。父は「なにかを作る」のが好きな人なのだ。
その血がしっかり自分に受け継がれていることを、父はブログで理解したのだろう。
そして届いた「材料」

こっちに来て、今までいろいろ作ってきたが、盗まれたり、無くなったり、燃やされたり、壊れたり・・・
ただ、「目的を持って何かを作る」という姿勢は、確実に子どもに影響してきていると思える。
ネット、コート、小屋・・・

実は、送料の分のお金があれば、こっちで買えないこともない材料。
ただ、途上国に対する援助というのは、お金を送るだけではダメなのだ。
使ったらおしまい。それでいいはずがない。
今回の材料は、きっと「有効利用」を考えるいい機会になり、できたものはその試行錯誤の過程と結果を目に見える形で残すことになるのだ。

今回の救援物資、さて、何を作ろうか・・・
2009.05.11 2人の「傭兵」
1月から始めた朝錬( 「朝錬スタート」参照 )もすっかり定着。
ただ、開始当初、セレクションした子に限定していたら、泣きそうな顔で「選ばれないといっちゃダメ??」なんて子がゾロゾロいたので、あっさり「やる気があれば誰でも可」ということに。
そういう子は、少しずつだが確実に上達していくので、非常にやっていておもしろい。
やはり練習は嘘をつかない。やった奴の勝ちなのだ。

一日交替でシンハラ人、タミル人を交互に実施、授業用の制服では参加不可という約束も浸透。
元気いっぱいに掛け声をかけてランニングするのも、すっかり板についてきた。
そして、きちんと続けていこうとするめぼしいメンバーも確実に絞られてきた。

3連休明けのシンハラ人クラスの朝錬前、ふらっとタミル人クラスの男子2人が勘違いしてやってきた。
カウンターパート(相棒)である体育教師のスニルさんに、間違ってきたから帰すと伝えるとチラッと2人の顔ぶれを確認して・・・
「いいよいいよ。担任に言っておくから一緒にさせよう」

実は、そのうちの一人は昨年秋のセレクションの時から目を付けていた期待の星・ラグワラン
彼が来ていたのでやらせちゃおうと思ったようだ。
そのラグワラン、身体能力も去ることながら、自分が目を付けたのは「面構え」
話を聞くときにはほとんど表情を変えず淡々としている。
やらせると歯を食いしばって取り組み、最後までやり遂げる。
「Sir!見て!見て!」と全く騒がない。その上、明らかに体が頑丈そうな顔をしているのだ。
ランボーのような不屈の肉体と精神を持って欲しいと願い、密かに「傭兵」と呼んでいた。
↓左がラグワラン
ラグワランとディヌーとニローシャン

そして、同じような子どもがシンハラ人クラスにもいるのだ。
それがもう一人の「傭兵」ラヒル
ラヒルは、姉二人がバレーをやっているアマル(上の姉はジュニアのスリランカ代表にまでなっている)と一緒に、よく放課後の練習にも来ている。
そして、ラヒル、アマルと一緒に来ているドゥラッチ、この3人はクラスが同じということもあって、競いあうように練習に来ており、ひと際上達している。
↓ドゥラッチとラヒル(右)↓
ラヒル

今年の秋にこの世代(12歳以下)の子たちをエントリーさせようとしている大会は、日本では行われていない「4人制」なのだ。
いずれ大会に臨む4名プラスαを選抜しなければならない。
2人の「傭兵」ラグワラン・ラヒル、練習熱心で身長にも恵まれているアマルとドゥラッチ。
この4人はその大本命である。

心のどこかでタミル人を嫌っているシンハラ人。
言葉の端々からそれは感じ取れる。
でも、仲良くしている人もいる。
バレーを一緒にやるメンバーから、そういう関係を作れれば。
人種の垣根のない、「St.Mathew's」というひとつのチームが作れれば。
悲しいことに今までは、チームにタミル人はほとんどいなかったのだ。
密かに目論んでいたのだが、うまくいくかどうか、不安もあり、実行に移せずにいた。
人種の問題というのは、おそらく日本人が思うほど簡単ではない、はずである。
スニルさんとも「そうなるのが理想」と話していたが、まだ一緒に練習をしてはいなかった。

何を思ったのか、いきなりあっさり一緒の練習にOKを出してくれたスニルさん。
2人の「傭兵」ラグワランとラヒルを露骨に比較しながら練習させれば、明らかに対抗意識むき出しで取り組むはず。
そうなれば、お互いの能力を認めさせることも十分に可能。
不安に思って実行せずにいるより、まずはやってみるか、と開き直ってやってみることに。

半ば勢いでやってみたところ、効果絶大。
練習はわずか2人のタミル人を意識しまくりで、全体に無駄口もなく、非常に内容の濃いものに。
終了時にはシンハラ・タミル別々にこっそり「あいつらもがんばってるから、なかなかやるよな」と話すと、双方とも負けられないといった緊張した面持ちでうなずいており、相手の能力をしっかり認めさせることにも成功。
その日以来、ラヒルたちとはクラスが違い、朝錬以外にはあまり来ていなかった期待のサウスポー・アルナも、積極的に放課後の練習にも顔を出すようになった。

この世代の子たち、自分がゼロから教え始めた子たちだけあって、少々思い入れがある。
ただ、まだまだこれから。
とはいっても大会まではほんの数ヶ月。そして自分の任期ものこり1年2ヶ月を切った。
不安に思って尻込みしている場合じゃない。
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