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健康診断で上コロ(コロンボに上がるの意・上京みたいなもの 「健康第一」参照 )したのと同時期、コロンボ市内で開催されていたバレーのオープントーナメントの全国大会を視察。
スリランカ代表クラスの選手や実業団チームとは別に開催されているということだった。
ただ、自分が教えてるのはもっと若い子どもたち。
予選を勝ち抜いたチーム以上、なにかおもしろいヒントは転がってないものかと興味津々で出かけた。。
女子では、ノーブロックで全員レシーブ、アタッカー2枚がコツコツ打つだけ、という15歳前後のチームが善戦。
一般のチームとも互角に渡り合ってベスト4まで残ってる!!

女子のレベルが、かなり低いスリランカ。
一般のチームでも、スパイクミスが非常に目立つ。そして、ビシッと打ってくることは少ない。
そうなると、ブロックは不要なのか!
自分の教えてる子どもの世代ならなおさら、その傾向は強い。
だったらミスする確率の高いスパイクより、返せるうちにどんどん返せばいい。だから、テニスのように1本で返しあう試合が目立つのだ。

なるほど、理に適っている。
こっちの子たちは、試合ばかりやりたがり、指導者も試合重視。
試合の経験(数をこなす)を積めば勝てると思っている傾向が強い。
どう戦うか、というビジョンがあいまいなのだ。
そこがはっきりしているチームは全国でも少数なため、全国大会に行けば勝ちそうなチームはだいたい見当がつく。
いろいろ聞いてみると、そういうチームは体育専門で、選手は選抜されて入学、寮生活していることも多いらしい。
今回来ていた学校の子に聞いてみても、靴を履いて練習し、設備、練習時間、指導者ともかなり充実している。
ただ、そうは言っても、学校体育があまり充実しておらず、幼少のころから女の子が運動することが極端に少ない国。
恵まれた学校とは言っても、日本の女子バレーとは比較にならない。
自分たちのチームが勝てないかというと、絶対そんなことはない。

自分の知っているバレーはあくまでも日本のバレーであり、あの恵まれた環境の中で、発育に応じた体育教育を受けた子たちがやってきたバレー。
こっちはスタートラインに立つ時点から、全く別のスポーツと考えてもいいくらいなのだ。
土のコートで裸足で練習していれば、ストップダッシュなど拷問に近い。(試してみた)
長く勢いのある助走を取って、鋭く踏み込んでジャンプ!なんてのも、なかなか厳しい。
フットワークを活かして、地面すれすれのところでレシーブして胸から滑る・・・なんて不可能。
日本のやり方は日本のやり方。スリランカにはスリランカのやり方があってしかるべき。
ただ、日本のやり方を知っていることは、十分すぎるくらい恵まれていること。
必ず勝つ手段を見つけることはできるはず。
いや、見つけるんじゃなくて、作るんだ。
自分を信じて、子どもを信じて、やっていこう。
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2009.03.31 健康第一
昨年末、来スリ6ヵ月ということで、健康診断があった。
その結果、なんと・・・異常ありあり!
コレステロール、肝臓のγGTP(だったはず)、尿検査などなど・・・
結構派手に引っかかっており、3ヶ月後に再検査してくださいと言われていた。
その3ヶ月の間に、自分なりに改善の努力をするように指示され、この3ヶ月は卵類を断ち、外食は控え、自宅でポトフ(らしきもの 「生活改善プロジェクトその4」参照 )を作り続けた。
カレーも周囲のスリランカ人からは執拗に食べるよう迫られ続けているが、昼に軽く食べる程度に。
こっちのカレーは、香辛料、塩分が信じられないくらい使われており、要注意なのだ。
ただ、大好きなコーラの量は一向に減らせず(さず!?)にいたため、周囲からは「意味ないんじゃ・・・」という怖いささやきも聞かれていた。

そして今月、少々ビビリながらも再検査のため上コロ(コロンボに上がるの意・上京みたいなもの)した。
その結果・・・
見事に全項目改善!
いや~、がんばった!
コーラ飲んでても他をきちんと気をつけてればなんとかいける!

一安心して少々コロンボに滞在し、バレーの大会を視察。( 「スリランカバレーを勝ち抜くために」参照
気持ちも新たにデニヤーヤに戻り、練習再開した初日。
練習を終えてドロドロになった手を洗いに水道にかがみ、立ち上がろうとしたその時・・・
「グキッ!」
こ、腰が・・・
日本でも何度かあったのだが、ぎっくり腰に。
帰宅後はほとんど動けなくなり、数日の休養を余儀なくされ、がっかり。
幸い試験期間のため、朝の若い世代の練習はオフだったり、練習に来る子が少ない時期だったのでよかったが、健康診断、試合視察と1週間コロンボに滞在し、全く運動せず、油断していたとしか言いようがない。
デニヤーヤでは毎朝軽くストレッチ、練習もアップしてからと、きちんと気をつけていた。
自分の歳も歳(37歳)なので、いくら気をつけても気をつけすぎということない。
なにはともあれ、健康第一である。

そんな中、なんと男子3人、カウンターパート(相棒)スニルさんがそれぞれお見舞いに来てくれた。
そして手土産に、どちらもコーラ持参!!
いや~、ありがたい!
しかもスニルさん、連盟主催の指導者講習会に参加(4日間泊り込み)して、いろいろ勉強してきてて、今後のビジョンについて、たっぷりミーティングもできた。
早くよくなって練習に行かなくては。
体育祭で使った小屋をさらっと移動して、パパッと支柱を立ててコートを作ろう。
そして、今回の目玉「ライン作り」のネタも準備済みである。
意気揚々と体育祭翌日カウンターパート(相棒)のスニルさん宅(学校の隣にある)へ行くと、朝からグッタリと疲れ果てた顔のスニルさんが。
「昨日あの大雨の中、グランド全部片付けたんだ・・・」
ええぇぇ~!!!
そんな無茶したの!?
グランドに行ってみると、立ててあった小屋もすべて解体され、グランドの後方に投げ捨てられていた。
これをスリランカでは片付けるといってはばからないというのは、学習済み。
ただ、小屋作りまで一からやり直しとは・・・
これは全然パパッとなんて終わらないぞ・・・
コート作りにやる気マンマンで来た男子は、黙々と作業開始。
練習する気マンマンで来たU-13女子はグダグダ・・・
なんとかできる仕事を・・・と、ここで「ライン作り」スタート!
あらかじめ準備していたゴムひもとメジャー、釘を使って、ライン(ゴムひも)を引いて(引っ掛けて)いく。
ゴムひもなら引っかかってもケガはしないし、取り外しも簡単。(釘に引っ掛けるだけ)
釘は見失わないよう、ボールバッグを作ったナイロンのひもを結びつけ、目印兼引っ張るひもに。
作業するとき以外は石でも使って地面に埋めてしまうという考え。
やったことのない作業にグダグダ感倍増の女子。
いつまでたっても全く要領を得ないので、何度も激怒しながらも、丸2日かけ、コート・小屋完成!
===小屋作り===
小屋作り

===ネット作り===
ポール立て作業

古いポールが高さ調節不能になっていたため、やむなく別々に1本ずつ使用。
そして残りの2本は別の小屋で使っていた丸太。
用水路には余った木類を網状にかぶせ、その上に椰子の葉を編んだものをガンガン乗せる。
これでもうボールが落ちることはない。(はず)

最近ボールが2つほど盗まれたので、新しいボール( 「スリランカに荷物を送る方法」参照 )は管理の方法を熟考しているため、まだ使い始めていない。
ただ、寝かせたままでは意味がない。
次は、きちんと物を管理できるようにしていかなくては。
強いチームなら、できて当然のこと。
ただ、整理整頓という概念が皆無な国。
がんばらなくては。
2009.03.21 体育祭終了
体育祭も残りわずか、と聞いて久しいが、いよいよホントに終わるらしい。
そして、最終日には「マーチ」があるという。
これは、要は閉会式の入場行進なのだが、ブラスバンドを先頭に、リーダーの号令でVIP席前では一斉に顔を向ける。
この仕切りは、唯一の体育の先生である我がカウンターパート(相棒)のスニル.Sirの仕事。
実は、体育祭の練習と動物園状態の無秩序なグランドでも、このマーチの練習だけはスニル.Sirの指揮の下、年長の生徒(推定200人はくだらない)が、全く私語も交わさずに黙々と練習していた。
その成果がこれ。
===マーチ1===

===マーチ2===


スニルさん、自分で「俺は生徒にはちょっと厳しいんだ」と言っていたのは伊達ではない。
そして、閉会式でも全員「気をつけ」「休め」をきちんとやり、私語など全く存在しない。
スリランカの体育人・スニルSir、あっぱれである。( ※体育人とは・「セントビンセントノオハラ」参照
しかも途中から雨が強くなってきても、そのまま。
司会の先生も全く止める気配なし。
いやホント、びっくりするくらいビシッとしている。
するとますます勢いを増す雨。
しかも尋常じゃない勢いになってきた。
いよいよ、バケツをひっくり返すような雨になり、我慢していた子どもたち、誰かが指示したのか、ほぼ一斉に待機する小屋に走り始めた。
それでも司会の先生は淡々と式を進める。
グランドは土砂降りの雨。
こっちの式典類は異様に長いのだが、この体育祭もしかり。
いろんな種目、全部を一つ一つ丁寧に表彰。
子どもたちもホントにうれしいらしく、土砂降りの中、猛ダッシュで表彰されに来る。
さすがにこれには自分と子どもは苦笑いだったが、先生たちは至って真剣。
「セレモニーをする」ということ(中身の問題ではない)を非常に重視するお国柄を垣間見ることとなった。
===閉会式===


たいした練習もせずに大会だけは盛大とあって、自分的には正直ほとんど興味のない催しなのだが、終了後にやらなくてはならないことがある。
それは、「コートを作る」こと。
以前、幼稚園の運動会の時、コートはすべてはずされ、終了後には使った小屋を移動し、新たなコート横に設置。
雨宿り・ミーティングなどに非常に重宝したので、今回作られたものもしっかり使わせてもらおうともくろんでいた。

体育祭が終われば、ようやく本格的な練習再開。
いい環境を作ることができれば、もっといい練習ができる。
そしてそれは、勝利に直結する非常に重要な要素。
練習は決して嘘をつかない。いい練習こそ、勝利への唯一の道。
明日から土木作業である。
大会もひと段落し、体育祭で練習ができないということで、野球隊員URUSIX率いる野球のスリランカナショナルチームの練習に行くことに。
目的はなんといっても、自分のノック技術の向上。
自分のノック技術向上はそのままナショナルチームの守備の向上につながるのだから、これほどやりがいのあることはない。
今回は、同じバレーボール隊員Rちゃん( 「先輩隊員来訪」参照)の任地である「バンダーラウェラ」という街で、練習と野球教室が開催される。片道7時間なので、3泊4日(移動日2日)で参加。
標高1500m近いので、自分の任地「デニヤーヤ」同様涼しく、北海道とすごく似た感じの気候である。
ありがたいことに、2日間、みっちりノックさせてもらった。
今まで避けてきた外野ノックにも挑戦。
その上、ワンマンレシーブならぬワンマンノック、よく野球のキャンプ情報でやっている特守もやらせてもらった。
そして、一番のポイント、ノックが上手く見えるキャッチャーフライ。( 「天才ノッカー」参照
野球隊員のURUSIXの指導の下、たっぷり打たせてもらった。
今回は他の隊員にお願いして、自分のノックの様子を動画撮影。
初日にチェックして、2日目に修正。
ホントに充実したノック合宿(!?)となった。
へなちょこノッカー

この合宿中、なんと試合にも参加。
ナショナルチームなのでボールは「硬球」
自分は野球の経験は皆無。
ノックだけなら全然問題ないが、実際にプレーするなんて、正直怖くてビビリまくり。
その上、あんな硬いボールが慣れないゴロで来ようものなら、逃げの一手である。
というわけで、積極的にライトを希望。
打てそうな人から順番に並べられたような感じで打順が決められ、なんと4番。
自分は野球の経験ゼロ。
相手ピッチャーは130km/h近く出るという。実際近くで見るとマジで速い。
バッティングセンターとは全然訳が違う。
その上、硬式用のバットの重いこと・・・
バッティングセンターのお手軽な金属バットに慣れている自分に、まともに振れる代物ではない。
「あいつ(エース・アミラ)はスライダーばっかりで来ると思うんで、思い切って振っちゃってください!」
なんて送りだしてくれたURUSIXの期待に応えられるはずもなく、どこでどうボールがスライドしたのかも分からない。
2番手のピッチャーの球もファールにするのが精一杯で、カーブにビビリまくり。
しかも写真を見ると、レシーブの構えのような猫背になんとなくバットを立てているだけで、いかにもへなちょこ。結局、3打数ノーヒットと散々な結果に。
守備もなんとなくさばけたフライが1回(どうやって取ったのかよく覚えていない)、ゴロを後逸しランニングホームランにしてしまうという致命的なエラーが1回。
ほろ苦い硬式野球初体験となった。

女性隊員も手伝いにくることが多い、このナショナルチームの練習。
みんな合間にキャッチボールを楽しんでいる。
ちょこちょこお相手を勤めさせていただいたのだが、バレー隊員Rちゃんは一味も二味も違う。
なんと、普通にマウンドから投げてきちんとストライクが取れるのだ。しかも山なりなボールではない。
せっかくなので、ソフトボールの時にすごくおもしろかったキャッチャーをやらせてもらい、球を受けてみた。( 「ソフトボール雪辱戦」参照
バレー用の短パン着用のまま防具類を付けているので、非常に怪しい格好だが、マスク越しに見えるグランドはなかなかいい光景だった。
こんな中でピッチャーをリードし、守備を動かす。プレーしている全員が見渡せ、それを操る。
バレーのセッターと同じような、全然違うような、すごく興味深いもの。
「野球やるならキャッチャーだな・・・」と思いつつも、「ま、そんな機会は永遠にないな・・・」と一人で納得し、合宿を終えることとなった。
へなちょこキャッチャー

このナショナルチーム、4月にフィリピンで予定されていたアジアカップが変更・延期になり未だ不確定。
監督である野球隊員URUSIXも、間もなく任期を終えて帰国してしまう。
ただ、そんな逆境こそ、スポーツマンなら燃えてくるもの。
アジアカップで上位に入れば、日本での大会にも参加できる可能性があるという。
がんばれ!スリランカナショナルチーム!
「野球やろうぜ!!~熱い戦い~」参照
時間があれば、またノックさせてもらおう。なんて思いつつ、チラッと行ったコロンボのスポーツショップで、じっくりバッティンググローブを物色。
我ながらやる気満々である。
2009.03.16 予選スタート
ヒロりんが見ていった試合は、9月にある全国大会の予選。
年末からびっしり練習し、ちょっと前には地元での小さな大会で経験を積み、日本人3人と一緒にプレーし、そのプレーを目の当たりにした3人( 「日本の3本柱」参照)を含む男子U-15。
ヒロりんともども期待を込め、公式戦初勝利を目指した。
日本人が2人もくっついているチームは、当然注目度も高く、ギャラリーも多い。
そんな中、始まって間もなく、裏エーズ・ビナラが、練習でも見せたことのないような強打を爆発させ、一同驚愕。
打った本人までも目を白黒させていた。
その1本だけだったが効果は絶大で、勢いに乗って1セットを先取。
フォーメーションも全く指示されずにスムーズに回っているし、きちんと攻撃の形を作って得点できている。
いよいよ初勝利か・・・
2セット目から、案の定、相手はスパイクをあきらめ、返せるうちにボールを返すという、スリランカではほんとにポピュラーな作戦に出てきた。
自分的には、そんな作戦に惑わされるはずはないと思っていた。
shu2とヒロりんがいる間、練習は3人レシーブ主体でやってきたので、つなぎは上手くなっていると踏んでいたから。
ところが、勝った経験のない子たち。
見事に動揺を示し、サーブミスが目立ち始め、ただラストボールを返すだけなのにミスしたり、なんでもないボールをお見合いして落としたり・・・
バタバタしてるうちに2セット目を落とし、修正できないまま3セットも失い、初勝利はおあずけ。
すでにローテーションや3-3・ワンセッターのフォーメーションは問題ない。
一人一人は確実に相手より上手だった。
「どう見てもこっちが上手いだろ?でも、なんで勝てないんだ?みんなで考えてみろ」
自分的にこれといった答えは用意していないのだが、どんな風に考えるのか、見てみることに。

そして、翌日には女子U-19、U-13の試合があるため、自分とヒロりんは早々に学校に戻り練習。
すると、男子メンバー、なんと練習しに帰ってきた。
ただ、2面のコートは使っていたため、みなコート外で対人。
ゲーム形式になると手伝いに来る。
こういう子たちをなんとか勝たせてあげたい。
なんとかならないものか・・・

翌日は、経験豊富な女子U-19と、まじめでまとまりのよい女子U-13。
まったく危なげなく、どちらも1位通過を決めたのだが、U-19の試合中に突然の大雨。
スリランカにきて2度目の雨天中断。
ヒロりんも一緒に雨がやむのを待つ。
再開前には「ちゃんと点数確認しないと!」と非常に冷静なU-19。
さすがに、全国優勝したチームとフルセットの試合をした経験は伊達ではない。( 「大会終了」参照

U-13もアップの時点からしっかりとまとまった取り組みぶりで、なんと決勝の相手は「やっても無駄」と棄権。
練習とは一味違ったチーム力を見せつけた2チームに、ヒロりんは感心しきりだった。
そして・・・
「女の子たちは、プレーの合間にいろいろ声を掛け合って自分たちのムードを作っている。まとまりがあるって言
うのかな。男子にはあれが足りないんじゃ・・・」
それだ。
技術や経験だけでは勝てないのだ。
チームがひとつになる雰囲気。
普段の練習では自然に出せているのだから、試合でそれが出せれば。
「試合のように練習し、練習のように試合をする」
分かっていてもできないこと。ただ、できなければ負けるだけ。
男子U-15、まだまだ初勝利への道のりは険しそうである。
=ヒロりんとU-13女子=
ヒロりんとU-13女子

帰国のため早朝にヒロりんがデニヤーヤを去った日には、女子U-17の試合があった。
とにかく練習量が少なく、なにをすべきかがはっきりしていないので、放置してどんなチームになるか見てみることに。

このチーム、昨年11月には「スリランカ一」を目指して全国に乗り込んだ子たち。( 「全国大会終了」参照
フォーメーションは大雑把になってしまっていたが、個人の役割はきちんと理解しており、ミスの少ない安定したプレーを見せ、エース・ニランティカを勝手に温存させたりもしていた。
=エース・ニランティカのスパイク=(帽子の男性はカウンターパート(相棒)のスニルさん)
エース・ニランティカ
当然のように1位通過だったのだが、いかんせん以前のプレーには程遠い。
そして、それを結構自覚しているようで、浮かれた感じがない。
州予選は4~5月。全国大会は9月。
そしてそれは、自分にとって「スリランカ一」を目指せる残り少ないチャンス。
体育祭も残すところ数日(らしい)
なんとか練習量を増やして、もう一度全国に乗り込まなくては。
2009.03.14 テロの脅威
まずはスリランカの地図を。
スリランカ地図
先月、コロンボ(COLOMBO)で空爆によるテロがあったのだが、自分のいるデニヤーヤ(DENIYAYA)はそこからバスで6~7時間。(世界遺産の街ゴール(GALLE)を経由する)
内戦の絶えない地域は北部に限定されており、ほとんど心配のいらない地域である。
実際に過去、近隣都市でのテロ行為はほとんどは起きていない。
地元住民もその点は安心しきっている。
と思っていたが、なんと、一番近くにある規模の大きい都市アクレッサ(AKURESSA・バスで2時間弱)で、自爆テロが起こった。
アクレッサは、自分がコロンボへ行くときには必ず通る都市である。
そこでのイベントに来る大臣数名を狙っての自爆テロ。
残念ながら、民間人の犠牲者も出ている。
まさか自分の行動圏内でテロが起こるとは・・・

少し前、「お葬式に行かなきゃならない」と、練習に来る子どもが少なかった日があった。
卒業後、軍隊に入った卒業生が、北部での内戦で戦死したのだ。
まだ10代の男の子。
戦死。

世界には、日本ではありえない死に方をする人たちがいるのだ。
民族の問題、宗教の問題、領土の問題・・・
原因はさまざま。
争いは絶えない。

それでも日本は平和だ。
(実は治安的に特に安全な国ではない(以前の職業柄、はっきりと言える)のだが。)
時間やルールは、きちんと守るということが常識になっている。
それができなければ「社会人失格」なんて言われるし。
ゴミのポイ捨ても少なく、交通網も整備され、過ごしやすくきれいな国だと思う。

でも最近、世界の中ではそんな国のほうが少ないような気がしてきた。
他の協力隊員や、旅をしてきたヒロりん、shu2の話を聞くと、「日本が変わった国なのだ」とも思えてくる。
そんな日本。そして、いずれ帰る日本。
そこに生まれた自分。
すごく恵まれている。
ヒロりんが日本に帰った。
彼はすごい。
ほんの1ヶ月弱いただけなのに、シンハラ語で日常生活ができるようになっていた。
いろいろな国でそうやって来たそうだが、スリランカでは、バレーを教えるための言葉から覚え始めたのでおもしろかったそうだ。
普通は旅に必要な言葉から覚えるらしい。

毎日のようにいろいろな話をした。
旅。
恋愛。
人生。
国。
家族。
なんの因果か、ほとんど同じ時期(出会う直前)に同じ本 「私という運命について」(「選べなかった未来、選ばなかった未来」参照) を読んでいたことも、いいきっかけになった。

見ず知らずの人間と、友達を介して出会い、一緒に暮らす。
こんなことは、日本ではまずやらないだろう。
でも、日本を離れるとできてしまった。
そして、その出会いは自分の中に深く刻まれている。
いろいろ深い話をしてきたので、その辺は書けない(壮大なスケールになる)ので、わかりやすいことのみ、記したいと思う。

ヒロりんは、新しい手品のネタと「ドラゴンボール」に続きがあることを教えてくれた。
手品のネタが早々に切れていた自分にとって、非常にありがたいことだった。
そして、日本人なら誰でも知ってる「ドラゴンボール」
魔人ブウとの闘いを終え、マンガは終了したのだが、ネット上で「その後のドラゴンボール」が公開されていると言う。
マンガに飢えていた自分にとって、まさに晴天の霹靂。
これはヒロりんの残してくれたものの、ほんの一部。

「ここがシンハラージャ(世界自然遺産になっている森林保護区)みたいなもんだと思う」と、全然スリランカの観光もせず、毎日練習に来てくれたヒロりん。
最後に子どもの公式戦を一緒に見ていってくれ、その子どものがんばりぶりに感動してくれたヒロりん。

ありがとう!そしていつかまた会おう!

毎日通った通学路にて。
さよならヒロりん

二人の大好物キブラ・バニス(直訳すると「オオトカゲ・パン」
キブラバニス
2009.03.11 shu2去る
ヒロりん、shu2たちとの共同生活、毎日グランドで子どもと戯れ(体育祭のため練習が困難)ながら、楽しく過ごした。
shu2は、出国前と見た目は変わっていたが、中身は特に変わらず。
そしてshu2から見た自分は「真っ黒ですね・・・」っていう以外は全然変わりがないとのこと。
その上「話すこと(内容)も変わってませんね」
そういえば、日本でshu2としてた会話も、毎回ほとんど変わりなく、おんなじような中身ばっかりだったのに飽きもせず繰り返してたな・・・

日本人とのおもしろ会話(ボケとかノリ突っ込みとかダジャレとか)が皆無なデニヤーヤで、大勢(!?)といろんな会話ができるのは、自分にはすごくうれしくかった。(自分はかなり話したがりなので)
必要以上にふざけた会話になっていたかもしれないが、それはそれでよしとしといて・・・

毎日のようにパンとコーラ、ポトフ(らしきもの)を作るための買い物に通ったデニヤーヤ最大規模を誇る食料品店、通称「サティ」前にて。
サティにて

shu2プラスαは、この後インドに戻って旅を続けるということで、1週間程度滞在。
お願いしていた「日本のカレー」と「体を洗うナイロンタオル」とヒロりんを残し、旅立っていった。
滞在中、たびたび通学につかったトラック(アトラクションと呼んでいた)の荷台に揺られながら、まさにドナドナのごとく去っていったshu2プラスα(荷台にかがんでいる)
shu2去る


わざわざきてくれてありがとう!
そしてこれからも、よい旅を!
また来てね!
先日、妹からの救援物資が届いた。
家族のことを放り出して勝手にこっちにきている自分の希望を聞いて、わざわざ送ってくれた荷物。
涙が出るほどうれしい、っていう感覚を久しぶりに思い出した。ありがとう!
その上、妹は所属しているチームの方々からボールまでもらって入れてくれていたのだ。
はるひこさん、まこさんはじめ、みなさん、本当にありがとうございます。
大事に使わせていただきます。
そして、そのボールを使って練習した子たちが「スリランカ一」になれるよう、がんばります!

ところで、スリランカに荷物を送るにはどうすればいいのでしょう?
書類は多少記載内容が細かくなるのですが、宅急便感覚で日本全国の郵便局から送れます。
国際スピード郵便(EMS)というのを使えば、1週間前後でコロンボまで届きます。
今回妹が送ってくれた荷物は、みかん箱よりちょっと大きいくらい。
1万円弱で届きました。
送付先は・・・
JICA SRI LANKA OFFICE,
GreenLankaTower 5th Floor,46/46,
Nawam Mawatha, Colombo-2,
SRI LANKA
(TEL)94-11-2300470
(FAX)94-11-2300473
宛名にへなちょこKの本名を英語で記載してください。
(本名をご存知ない方、メールにてご連絡ください)書類には内容物・価格を細かく書く必要があるのですが、「品名(USED)」として激安価格にて記入してください。
これが引き取りの際の税金に反映するようです。(OFFICE経由なので着払いはできません)

ボール、シューズ、ネット、かごをはじめとするバレー用品はすべて大歓迎です。
そのほかに、実は「時計」と「アロンアルファ(強力接着剤)」があると助かります。
練習終盤になると自分に時間を聞く子がゾロゾロ・・・
グランドには時計がなく、バス通学の子たちは乗り遅れないか気になって、練習終盤はいまいち集中できなくなるんです。
ボールは用水路に落ちたり、砂・石にも触れるので革がはがれやすいんです。
こっちのものは時計・接着剤とも高いくせに品質はさっぱりだそうで・・・

卒業式シーズンを迎え、学校指定の運動靴が不要になったり、古い備品を整理する機会も出てくるかと思います。
少々送料はかかりますが、スリランカでバレーをしている子どもたちに送ってみませんか?
ご希望であれば、スリランカの田舎町デニヤーヤのセント・マシューズ・カレッジと交流を持つこともできますよ!
2009.03.07 日本の3本柱
shu2プラスα来訪の興奮も冷めやらないまま、翌朝から試合。
子どもたちが地元のオープン(年齢不問)のトーナメントに参加。
終了後に、エキシビジョンとして自分たち日本人チームも試合ができることに。

shu2(サイドアタッカー)、ヒロりん(リベロ)、K(セッター)の日本人3人は幸いなことに皆ポジションが違う。
日本ではリベロとは言えしっかり打てるヒロりん、北海道では一部で非常に顔の売れているshu2の2枚をレフトに据え、教え子3人と試合に臨むことに。
そして対戦相手は、この日のトーナメントを制した地元デニヤーヤの雄「Lucky Star」
自分が教えているチームにいるユース女子代表のニランティカの兄であるセンター・ニローシャンの速攻を軸にして、これまた教えているチームの期待の女子・コーシャラー(14歳で170cmオーバー)の兄が、高いジャンプを武器にサイドからガンガン打ってくる好チーム。

こちらは唯一の高身長・shu2がニローシャンをマンツーマンで徹底マーク、かわしてきたところをヒロりんのレシーブで切り返して攻める作戦。
3人の子どもにも時々トスをちらしつつ、要所はサイドの2人の得点力頼み。
日本人3人がどれだけプレーできるかが、まさに勝敗の鍵である。

1セット目序盤こそ、shu2の攻撃が爆発しリード。
そのままの勢いで1セット目奪取。
ただ、思いのほか子どもたちが緊張しており、まったく打てない。
強引にクイックに入らせ無理矢理トスを放り込み、あたかも打つかのように見せていたのもすでにバレバレ。
2セット目はそこに目を付けた「Lucky Star」
shu2、ヒロりんにきっちり高い選手をブロックにつけてきた。
コートにいる子どもたちは、見たこともないような日本人の強打に目を白黒させてつつ、それを跳ね返す相手ブロックに手も足も出ない。
ちゃんとバレーを始めて4ヶ月程度。
ブロックカバーなど練習もしたことがないのだから、無理もない。
打ちまくっていたshu2、ヒロりんにも少々疲れの色が見え始め、2セット目を失う。

フルセットでほぼ互角となれば、「バレーが強い国ニッポン」の選手として、勝負強さを見せないわけにはいかない。
気合を入れなおして臨んだ第3セット。
shu2のブロックでニローシャンに仕事をさせず、日本語でガンガン声をかけあいながら、つなぎまくっていると、自然と子どもたちもつなぎに参加する機会が増えてきた。
そのつなぎからの攻撃も徐々に功を奏し、子どももつられてびっくりするようなつなぎを見せる場面も出てきた。
無事3セット目を奪取し、なんとか「バレーが強い国ニッポン」をアピールすることに成功した。

ただ、帰りに一休みしてコーラを飲みに寄った店では全員が無言でグッタリ・・・
スリーウィル(トゥクトゥク)でshu2は足がつりまくり、帰宅後にshu2、ヒロりんはヘロヘロながらもお互いにマッサージ。
実はshu2とヒロりん、2人とも元教師。
2人揃って「子どもたちにいい経験になったはず・・・」
3人で見せたプレーは、子どもにいい経験になっただけでなく、地元の人にも強烈な印象を残したはず。
そしてなによりも、3人とも久しぶりに思いっきりバレーができて大満足。
翌日以降の筋肉痛はご愛嬌である。
2009.03.03 shu2合流!?
ついに日本でのチームメイト・shu2( Let's start World Journey! さあ、世界旅行を始めよう! 参照)がスリランカに来た!
金曜午前にコロンボにきたとの連絡があり、すぐにこっちに来たいと言っていたが、さすがにそれは大変。
空港からコロンボは1時間以上、コロンボからは6~7時間。しかもインドから飛行機できたばかり。
とりあえずコロンボに1泊して明日(土曜)来るということで話がまとまった。

ヒロりんと喜んでいたのだが、その夜、なんとコロンボでは内戦による空爆が!
(このニュースは日本でも流れたようで、同じチームメイト・ナリから心配するコメントがきていた・ナリありがとう!)
空爆が行われると、市内は一斉停電。(らしい)
協力隊員には事務所から注意喚起のメールがくる。
隊員仲間にコロンボの様子を聞いてみると、対空砲火がバンバンあったという。
スカイプか公衆電話でこっちに連絡をくれていたshu2に、こちらから連絡を取る術はない。
ただただ無事を祈るのみ。

土曜朝もこれといった連絡はなく、ヒロりんと二人で「ホントにくるの!?」と半信半疑なまま、コロンボからのバスの到着時刻をこっちで勝手に予想して、バススタンドで待つことに。
なんと予想通りの時間に現れました、shu2!

長髪にピアスと、すでに日本で仕事をしていたときの面影はなく、どう見ても旅人。(怪しさかなりUP)
いろいろと大きな荷物プラスαと一緒にやってきました。

そして、なんと!
翌日(日曜)は偶然にも地元・デニヤーヤで小さいながらもバレーの大会が!
子どもたちが参加するので、自分たち3人もなんとか試合をさせてもらえるよう、金曜の段階でスニルさんに頼んでいた。
というわけで、再会後真っ先に「明日試合だから」との告知。
電波少年のTプロデューサーも真っ青な展開である。
ちなみに空爆について聞いてみると・・・
「なんか停電になったんで変だと思いましたけど・・・空爆だったんですか!ははは!」と笑い飛ばしていた。

なにはともあれ、再会後真っ先にバレーが、しかも試合ができるなんて偶然は奇跡に近い。
しかも、自分がきちんとしたプレーを子どもに見せるには絶好の機会。
その夜、自分、ヒロりん、shu2とも、まともなバレーは久々で不安なはずなのだが、そんなことよりも再会の喜びでひたすらしゃべりまくるだけであった。

どうなることやら・・・
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