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2008.09.29 ある日の風景
練習しているグランドは少しくぼんだ場所にあり、野良牛が上から練習を眺めていることもしばしば。
町でも野良牛がウロウロしているので、もうなんの疑問も関心も持たなくなっていた。
先日、珍しくグランドまで降りてきて草を食んでいる牛がいたので、スニルさんに・・・
「新入部員だ。いなくなった新入部員(犬)の代わりに球拾いを仕込もう」
スニルさん曰く・・・
「ちょっと食べすぎで太ってるから、ダイエットさせないと。今も食べてるし・・・」
スニルさんはこんな具合に、自分のボケにボケをかぶせてくれたり、冗談がポンポン出てきて、なかなかおもしろい。
向こうもどうやらこっちのふざけたトークをおもしろがってくれているようで、先にボケをかまして、ツッコミを待っていてくれることもある。
そんなやり取りがシンハラ語でうまくいくと、二人ともなんだかうれしそう。

最近自分は、蛍を見ても「なんだ、蛍か・・・」程度にしか思わず、部屋に入ってきても気にしなくなっていた。
自分のいるデニヤーヤは、「シンハラージャ森林保護区」に程近く、自然には恵まれまくっているのだ。
ちょっと前に先生たちが「シンハラージャ森林保護区」の中の「Morning Side」というところに連れて行ってくれたことがあった。
そこの小さな滝では、水すまし(って言ったような・・・)が大群で回りまくっていて、日本で熱帯魚として売られている「プレコ」がウヨウヨ泳いでいた。
裸足になって足を入れると、プレコは持ち前の下向きの口で吸い付いてくる。
瞬く間に10尾近いプレコが足に吸い付いていた。
「これが足にいいんだよ」って先生たちは言っていた。
そうなのか・・・

ある朝、練習に行く途中、道端にカメレオンが。
こっちに来てから見るのは2度目だが、今度のはちょっと大きくて、全長30cmは下らない。
さすがにそうそうお目にかかれるものではないので、
「なんかいいことありそうだな・・・」なんて思っていた。

そして、グランドに到着、いつもどおり練習スタート。
開始時間も守って、トレーニングもみっちり。
なかなかいい感じで練習が進む。
休憩中、グランド横にある用水路近くの木陰で涼んでいた子どもたちが、突然悲鳴を上げて騒ぎ出した。
用水路を見てみると、なんとそこには「ワニ」が!
全長1.5m、野良ワニって言っていいのか??
っていうか、すぐに手の届くところにいるんですけど・・・
しかも子どもたち、棒で突っついてるし!!

ま、騒いでても仕方ないから、練習再開。
そして、何事もなかったかのように練習終了。
その後、あのワニがどこへ行ったのか、誰も知らない。
っていうか、その辺にいるってことか。
日本ならTVで流れるニュースなんだけど・・・

慣れてきたと思っていたが、まだまだびっくりすることはありそうである。
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2008.09.27 国歌
自分のいる学校では、一日の終わりに全員起立して国歌を歌う。(結構長い)
ちなみに朝は、全員で仏教のお経を唱える。
イスラム教徒、ヒンドゥー教徒はお経は唱えない。
国歌は全員で歌う。
誰も問題にしていない。
部活が終わると、仏教徒の子どもたちは、自分も含め先生に土下座してあいさつする「ぬかづく」とう儀式を欠かさない。
イスラム教徒はやらない。(がきちんとあいさつはする)
ヒンドゥー教徒は少々あいさつの言葉が異なる。
でも、誰もそれをどうこう言っていない。
見事に「受け入れている」ように思う。

日本の国歌は、卒業式みたいな公の場で歌うことは「強制」と捉えられ、「国歌権力」の問題になっている。
オリンピックやワールドカップみたいなスポーツの場では、みんな国旗を見ながら国歌を聞くのを拒んでないように見える(拒んでる人もいるかも)
誰が「君が代」を国歌にしたのか、自分は知らない。
作曲者がはっきりしてれば、その人が嫌いだとか好きだとか、そんな話にもなりかねないだろうけど、うまい具合にはっきりしていない。(ように思う)
「みんなで国歌を歌う」ことが、国家権力の横暴みたいに捉えられたり、歌わない人が罰せられたりもする国。
「お国のために」なんていうと、皮肉っぽい意味で使われる日本。(と自分は捉えている)
ちょっと極端な話だが、戦争で間違った権力の使い方をした結果、みたいな気もする。
権利や権力の使い方って、すごくむずかしい。

外国から侵略されることもほとんどなく、今も外国人が極端に少ない国。(と自分は感じている)
外から文化・宗教が入ることが極端に少なかった国。
その割りに、入ってきたものは上手に自分たちの文化にしてしまう、器用というか、器が大きいというか、不思議な国。
料理なんかそうだと思うし、クリスマスやバレンタイン、大晦日やお正月、お盆、みんないろいろ楽しんだり、祝ったり。
自分の実家には、神棚と仏壇が両方あったし、クリスマスプレゼントももらった。
いろんな宗教の考え方を受け入れている、と言えなくもない気がする。
そして、持ち前の勤勉さや賢さ(寒い国だと食糧が少ないからそうなるんだ、という人もいた)で、経済大国となった国。
国歌を歌うこと、国を愛する心にまで、疑問を抱いて理由を求めるくらい、探究心旺盛な国。

こういうことを考えて、議論することができるのは、日本人のいいところだと思う。
「なんで国歌を歌うの?」
「国歌だから」
その言葉で満足しない、飽くなき探究心を持った日本人であること。
今の自分はちょっと幸せだと思っている。

この国の人たちは、なぜか日本が好きだと言う。
「地震」と「おしん」で、日本はこの国ですごく知られている。
「おしん」という名前をつかい、「オシン」「オシミ」「ウィシミ」という名前の女の子がすごくたくさんいる国。
「津波がいつもくるんだろう?怖くないか?」と心配してくれる国。

最近、なぜかこの国の国歌を少し覚え始めた自分がいる。
2008.09.24 新チーム始動
今月の全国大会で負けたメンバーは、「スリランカ一」を目指して動き始めた。
「2時から練習、と言ったら、2時からランニングを始める」
という初日に決めた約束事、2日目は4分遅れ。
約束事の重要性を再度伝えると、3日目にはなんと、5分前にはU-16♀全員集合。
家庭の事情(おそらく金銭面)で学校も休みがちなメンバーもきていた。
「今日は新チーム全員いるよ!Sir!今何時?」
(ちなみに自分は先生的立場のため、「Sir(サー)」と呼ばれている。スリランカでの人の呼び方は少々変わっていておもしろいので、また別の機会に)
実は子どもたち、時計がないのだ。
油断せず早めに集まった様子。
こんなあっさり時間守るようになるのか・・・と半信半疑ながらも、
「強いチームは必ずこういうふうに集まるんだ。なんか強いチームになったみたい。まだ5分前だよ」
「いいチームなら、早めに集まってウォーミングアップしたりしてるんだ」
とべた褒め。
誇らしげに微笑む子たち。

ただ、ここからがおもしろかった。
新チームのスタメンとして期待しているニローシャが真顔で・・・
「なんだ、まだ5分あるなら、ちょっと座って休もう」
一同爆笑。
ニローシャ以外全員が笑っているあたりで、きちんと時間を守ることの意味、利点は分かっているようで、一安心。
ニローシャは「いいチームなら早めに集まってアップしている」というところが聞こえなかったらしく、他のメンバーが説明。
苦笑いして納得すると、ニローシャは、まだ集まっていない男子はほっといて、ランニングすると言い出した。
すると他のメンバーも同調。

着替えを持ってこず、制服(真っ白なワンピース・当然スカート)姿で自分の反応をうかがうように、少し離れたところに集まっていたU-14。
2日目はこなかったが、3日目はほとんど来ていた。
実は初日に・・・
「着替えてなければ、きちんと練習・トレーニング・ランニングができないので、必ず着替えを持ってくること」
と、U-14♀には伝えており、U-16のメンバーはみんなそれを聞いていた。
トレーニング、ランニングを嫌がっているのは一目瞭然。

男子は結構まじめなので、あと数人くれば全員集合。
しかもすぐそこまで来ている。

自分が、ちょっとぐらい遅れても男子を待つか・・・なんて考えていたら、ニローシャを筆頭にU-16♀は、
「早くおいで!」
といきりたったようにU-14と男子を呼びつけ、勝手にランニングを始めた。
遅れてきた男子数人は、猛ダッシュで追いつかなければならなくなった。

その後、トレーニング、ブロックステップ、オーバー・アンダーの基礎オンリーと地味な練習が続く。
「トレーニングできないよ」と言ってきたU-14♀には、「そんな格好では練習できない」というメッセージを込めて、
「んじゃお前ら外にいろ」とだけ指示して放置。
U-16♀と男子は、少々愚痴はこぼす(この辺がなかなかかわいいところがある)が、きちんとメニューををこなしていく。
U-16♀のメンバーは、1歳上がいたときとは明らかに雰囲気が変わった。
自分たちの代になったことをずいぶん意識しているのが、言葉の端々からうかがわれる。
このメンバーで、過去にU-14で全国3位になっているのは、かなりの自信になっている、というかスリランカ一という目標も現実味があるようだ。
そして今月の全国大会での苦い経験を経て、やる気がみなぎっている。

守備の良かった子たちがごっそり抜けてしまい、想像以上にチーム力はダウンしていると思われる。
その辺は、スニルさんとも非常に問題視していた。
ただ、この子たちの変化を見ると、何かを期待せずにはいられない。

でも、ちょっと展開がうまく行き過ぎてる気がして落ち着かない。
なにか落とし穴がなければいいんだけど・・・
練習環境を整える、というか、いろいろグランドを整備したり、新たなグッズを作ることで、
「おもしろいことする奴だな・・・」とか、
「練習をスムーズにするために、こんな風に準備すればいいのか・・・」
と感じてもらうために、いろいろやってきた。

コートの低くて水のたまる部分に、雑草を移植して高さを作り、根が水を吸うことを祈る、とか。
グランドに野良犬が産み捨てた子犬たちを餌付けして、徐々にしつけて、ボールを拾ってくるように育てようとしたり、とか。
ただ、雑草移植は空き時間に手作業でやっているため、非常に狭い部分しかできておらず、効果ははっきり見て取れない。
そして、子犬は大会でコロンボに行っている間に、誰かが持っていってしまった。

そんな中、最近のヒット作は、使えなくなって校舎裏に放置されていた机の骨組みを使って作ったボールかご。
ほんの思いつきで、その場にあった縄と針金で即席で作ったので、ちょこちょこボールが抜け落ちるが、結構重宝している。
暇を見てきれいに作り直せば問題ない。

そして、机同様、校舎裏で乱雑に放置されていた背もたれの壊れたイスを、屋根を作ったところにたくさん持ってきていた。
休憩で座ってミーティングしたり、トレーニングの踏み台昇降に使ったり、こちらもかなり重宝していた。
クリケットをしにくる人たちにも、この屋根とイスは好評だった。

ある朝、子どもたちがガッカリした表情でグランドに現れた。
校長から言われて、イスを全部校舎裏に戻すという。
「備品だから盗まれたら困る」というのだ。
1ヶ月置いてるけど、1個も減ってないんだけど・・・
日本のお役所みたいなこと言ってんじゃねえよ・・・
どんだけ机やイスが放置されている校舎裏が汚いのか、知ってんのか・・・
まさか日本を離れてまで、こんな風に現場の声を無視する上司に遭遇するとは・・・

怒りに震えるとロクなことにならないので、どうやってイスを確保するか、考えてみた。
子どもにも「校長先生の立場もあるから、こっちの言い分だけで怒ってはいけない。とりあえず一度撤収」と大人の対応でいくことを伝え、後で作戦を練ってから、自分が校長と話すと説明。

とりあえず、校長を敵に回すことだけは避けることにして、他の先生たちから情報収集。
現場の声を高らかに訴えたところで、上司がうんと言うわけがないのは、この国でも同じようである。
そして思いのほかよくない校長の評判。
かなりワンマンで、金銭面でもよろしくないらしい。
逆らうと、とばっちりがしっかりくるそうだ。
「それがこの国のやり方だから・・・」
そうなのだ。
俗に言う偉い人たちは、金と人事権を上手に使ってのし上がっていくという悪しき社会構造が、かなり根付いているらしいのだ。
そして、それは根深く、一般市民はあきらめている。
呆れ顔の先生たちだが、校舎裏の汚さは自覚している様子。
リサイクル・廃品利用の考え、といっても自分はたいしたことは知らないので・・・
「ここの自然はきれいだと思うが、校舎裏や道路、身近なところは汚い」
「使えないものを放置しておいても、もったいない」
ということを、各先生に訴えてみた。
その辺はみんなよく分かっている様子。

交渉の方法として、・・・
「JICAから届いた本(情報誌)を学校の図書室に寄贈する」
という貢物作戦を口火に、なんとかイスの確保を訴えることに。
ダメだったら、他のものをきちんと了承の上使えるよう交渉することにし、いそいそと校舎周辺をを物色。
そして、一人では弱いのでカウンターパート(相棒・体育の先生)スニルさんにも来てもらうことに。
スニルさんは一応作戦に乗ってくれたが、あまり気乗りしない様子だったので、少々疑問に思っていた。

二人で交渉に出向く。
が、案の定校長聞く耳持たず。
スニルさんは、まったく口を出さない。
なるほど・・・初めからあきらめていたか。
校長曰く、要は「監査で台帳を見て数を確認する」らしい。
でました、監査。
ほんとお役所仕事ってあるもんだな・・・
そんなこと言うくらいなら、放置しないできちんと整理して管理しとけよ!とは言わず・・・
物色し見つけていた校舎裏のボロいトタン板をグランドの屋根に使うこと(少々水漏れが始まっていた)
ゴミ同然の木の板を探して、それでベンチを作ること、に要求変更。

監査に関係あるとは思えないが、
「そんなトタン板があるのか?どこにある?」とわざわざ確認すると言う。
人が欲しがればゴミでも惜しい・・・って奴か。
器が知れるってもんだ。

見てみるとあまりのボロさに校長も快諾。
ついでに、「他の学校の子がお前にバレーを教えて欲しいって言ってるから、週1で午後1コマ教えてくれ」
なんて言い出した。
ん?なんで今言うんだ?思いつきか?
週1で、午後1コマで、なにができるの?
ルールや基礎なら、きちんと体育の授業(しっかり教科書を使っての座学がある)で体育の先生が教えてるから十分でしょ?
それに、万が一本当だとしたら、想像を絶する人数で押しかけてきそう。
だが、ここで怒りに任せて断っては、校長の反感を買ってしまいかねない。
まあ、どうせ思い付きだろう。
しかも、自分も含め人の言ったことはほとんど覚えておらず、「文書で出せ」が口癖だと事前情報を得ていたので・・・
「ちょっと難しそうだけど、少し考えてみます・・・」
とあいまいな返答で様子を見る作戦に。

ただ、いろんな人にバレーのおもしろさを知ってもらうことは悪いことではない。
バレー教室みたいなことも、当然自分にやれることのひとつ。
ただ、スポーツは1回やるだけでどうにかなるものではない。
そんなことを1回ポッキリのバレー教室で訴えても、空しい気がする。
そして、そういうことは、綿密な計画の下に、きちんと準備を整えなくては、うまくいくはずはない。
自分は連盟の要請で、チームのコーチという形で来ているので、その辺も考慮しなくてはならない。

とはいっても、そういうことも「自分の役割ではない」と言い切ってはいけないような気もする。
ただ、できないことを安請け合いするのは、信用に関わる。
慎重に対応しなくては・・・
でも、「できないことをはっきり断る」ことも大事だとは思う。
その辺が「Noと言えない日本人」なのかな・・・
2008.09.19 新たな目標
大会を終え、デニヤーヤに戻り、練習再開。
大会は、なんと自分たちが負けた相手が優勝したという。
今回の大会は、今後の目標を決める上で、いいバロメーターになると思っていた。
初めてこのチームにきたとき、「目標は?」と聞いたところ・・・
「試合で勝ちたい」
ただ、どの試合、どの相手、というのは、信じられないくらい具体性がなく、ただ、「勝ちたい」というだけだった。
これでは、なにをしたらいいのか・・・
そう思いつつも、状況の把握をしながら、今より良くなることだけに重きを置いてやっていたので、大会での成績、対戦相手は、今後のチームの目標を左右する重要な要素。
チームは目標に向かって作っていくものだと自分は思っているので、具体的な目標を設定することは、チームの運営の基本になる。
そして、大会の結果を踏まえ、自分の中では「スリランカで1番になる」ということが、一番いい目標だと、今大会を終えて考えていた。

そこで、戻ってきて初めての練習で、まず最初にミーティング。
大会に行かなかったU-14の女子、男子にも、自分たちの一緒に練習しているチーム(U-17女子)がどのくらいのレベルなのか、知ってもらうのもいいことかと思ったので、一緒に話した。
U-17の女子は、自分たちが勝てそうだった相手が優勝したことで、当然、優勝できなくはないと感じている。
というのも、大会結果を知って「私たちが負けたチームが優勝だって!」と大騒ぎしていたことで、十分分かる。
優勝も夢ではないのだ。

ただ、誰もそれを言わない。
なんでだろう・・・

自分が、北海道の田舎町で、10歳でバレーを始めたころ、「全国大会に行く」なんて、想像もできなかった。
その後、いろんな経験を経て、やり方次第で、どんな環境でも、がんばればなんとかなる、ということを学んできた。(がんばり方が重要だが)
スリランカの中でも田舎と言われる小さな町の、わずか16歳の女の子たちが、「自分の国で一番になる」なんてことを想像できないのも、わからないでもない。
そんなところに自分が来たのは、ほんの偶然、というか奇跡に近い。
でも、自分は、この子たちなら、「スリランカで一番」(年齢別だが)を目指せると思う。
そして、自分はその力になりたいと、素直に思っている。
こういう田舎町の子が、スリランカでトップに立ち、自分たちの町がバレーの強い町として知られるなんて、すごくおもしろいことだと思う。
自分が手伝うことで、それができれば、この子たちにとって、そして自分にとって、この町にとって、大きな財産となる。
子どもにとって、目標に向かって努力することの素晴らしさを最大限に体験できる、絶好の機会だ。
そこで、「一番になることはできないかな?」と質問。
負けて帰ってきた子たちの表情が固くなった。
思っていても口に出さなかったこと、言ってしまうと、今まで以上にがんばらなければならないこと、はっきり認められるかどうか。
「できる・・・」
ポツリとつぶやく子が、何人かいた。
それを聞いてうなずく子も。
目標決定。
「スリランカ一(いち)」
大会に行っていない子たちは少々おどろき気味だが、負けた子たちは、目がギラギラしている。
どうやら、覚悟はできたようだ。
そこで、手始めに「強いチームの条件」として・・・
「約束を守る」(プレーだけでなく、時間や規律なども)こと。
「厳しい練習をしなくてはならない」こと。
を伝えた。
そして、その日の練習は、ボールを使わず体力づくりから。
かなりハードにしぼったが、いい雰囲気で練習終了。

終了後、練習にこれなかったスニルさんとも目標を確認。
負けた試合直後に、二人とも同じように考えていた(正直対戦相手は優勝しそうな雰囲気があった)ので、特に問題なし。

ただ、その翌日から、U-14 の女子は一人も来なくなってしまった。
大会前もほとんど練習する時間を作ってあげられず、帰ってきたと思ったら、こんな展開・・・
そりゃあ腰も引けるだろう。
ただ、彼女たちが、次のチームを担っていくのは事実。
そしてなによりも、バレーが大好きだというのは、見ていれば分かる。
そんな子たちにバレーを嫌いにさせることは、自分は絶対避けたい、というか避けなければならないこと。

そして、男子は、手を掛けてあげられる時間が少ないのもさることながら、想像以上に技術的進歩が遅い。
その上、夏休み(8月)の間、金銭的理由(バス代がない)で練習にこれずトレーニングしていない子は、明らかに体力不足。
U-14の女子同様、練習再開の翌日、練習にこなかった。
前日のトレーニングで、かなり体が痛くなっているはずで、無理もない。
ただ、その根性のなさも気になる。
でも、きちんとトレーニングを積んだ子たちは確実に体力がついている。
もう少し技術的な面を練習できれば・・・

ただ、スニルさんは少々違って、メインのチーム(U-17女子)だけで構わない、と考えている。
まあ、全部なんとかしようとしている自分にも、無理があるのは百も承知。
でも、投げ出すわけにはいかない。
これだけバレーにどっぷり浸れるというのは、自分にとっては願ってもないこと。
がんばりどころである。
2008.09.16 更新情報
ほぼ放置状態のホームページ、ほんのちょっとですが更新しました。
JOURNEYSingaporeと、Sri Lankaが追加になりました。
2008.09.14 大会終了
いよいよ大会当日。
朝スターティングメンバー発表。
そして、場面に応じて積極的にメンバーチェンジをすることも伝える。

試合会場へ歩いていく途中、キャプテン・マドゥが、トコトコ近づいてきて・・・
「こんなメンバーならいいんだけど・・・」
練習してきたメンバーをベースに、小柄ながら守備のいいレフト・ラサンティをセッター対角(3-1-2のフォーメーション上、セッター対角はつなぎ役として非常に重要)にして、昨日調子の良かった大型新人サンダマッリをレフトに、という。
どうやら、昨日から合流したメンバー・ニランティの意見もあるらしい。
確かに、現在少々難ありのセッター対角チャンディマに換えて、信頼の厚いラサンティを据えるのは名案だ。
そして今後得点源として期待できる新人・サンダマッリをレフトに。
守備の不安はリベロで解消。
ただ、それはまったく練習していない。
「チームとして、「これでやっていく」ということにひとつになって取り組むのが大切なんだ。いろいろな意見があるのは当然。積極的にメンバーチェンジしていく中で、そういう形を考えることもあるだろうから、そうなったら、その形でがんばれ」
として、スニルさんと少々相談。
自分とスニルさんにはなかった考え。
そして、スニルさんにはかなりいい考えに思えた様子。
ただ、「練習は嘘をつかない」
しかも、いきなり朝思いついた方法でやるくらいなら、練習は要らない。
練習したメンバーで臨み、状況に応じて試してみようということで、話がまとまった。

会場で練習しているチーム、第1試合の4チームを見る限り、正直自分たちは結構やれると思えた。
きちんとフォーメーションが成り立っていて、3回でアタック、ができる回数が明らかに自分たちより少ない。
「きちんと対戦相手を見て、弱点を探そう」
これは来る前から何度も言ってきていたので、みんなしっかりやろうとしていた。
というわけで、第1試合の間は十分にアップができた。
自分たちのアップは、すべて自分が考えた(日本で自分がやってた)ものなので、少々変なのもある。
ランニング、体操は掛け声を掛けるとか、サッカーでやるブラジル体操や、股関節のストレッチをしながらゴロゴロ転がるとか・・・
レシーブも走りこみ。
周りは明らかに物珍しそうに見ていた。
ただし、「なぜそうするのか」をちょっとは学んできているので、きちんとしたアップをしているのは自分たちだ、と少しは分かっていることを願っていた。
すると、昨日から始めたばかりのエース・ニランティが、想像以上にスムーズに溶け込んでいた。
ユースの練習でやっているものもあったようなのだ。
それぞれのアップ・練習の意図も、周りが説明するとすぐに笑顔で理解を示していたので、自分としては一安心。

そして、対戦相手が決まる第2試合。
ニランティが少々苦笑いしながら・・・
「ここはユースのセンター、リベロがいるんだ」
見ると170オーバーのセンターが2枚、チャンスボールはかなりの確率でAクイック。
時々合図を出しながら、レフトがセンターに回りこんで時間差っぽく打っている。
チャンスボールはほとんどリベロがレシーブし、非常に安定している。
レフト2枚はほとんどミスがなく、安定した強打を繰り返している。
明らかにレベルが違う。
「リベロはあのリベロ?」
とそのチームのリベロを指差すとニランティが・・・
「違うよ。リベロはレフトの子」
実質リベロ2人、そしてクイックのできるセンター2人か・・・
聞けば、体育専門の学校で、試験をクリアしないと入れないという。

これは明らかに分が悪い。
自分の目論見(変則(ブロック1枚制)3-1-2)では・・・
センター攻撃のできるチームはないだろうから、センターブロックなし。
コート後方コーナーの2人を中心に強打をレシーブ、ブロックをしないセンターセッターとその対角、サイドアタッカーの3人で、中途半端なボールをつなぎ、エース・ニランティで攻撃。
要は、弱いチームに取りこぼさない、手堅く拾ってエースにつなぐ、ということに重点を置いて練習し、フォーメーションを組んできた。
となると、非常に分が悪い、というより、相手の最大の強みに対して、まったく準備していない。

そこで・・・
「サーブはリベロ以外へ」
「速攻は決められても仕方ない」
「ただのサイド攻撃を拾って、ニランティへつなぐ」
そして、ニランティには・・・
「あのリベロとレフト(ユースのリベロ)を崩さない限りは苦しい。崩せる可能性があるのは、ニランティの強打のみ。ガンガン攻めていけ。攻めがうまく行き始めたら、突然フェイント。決して弱気になってフェイントしてはいけない」
と指示。
弱気なフェイントはクイックの餌食になるだけだ。

1セット目。
かなり緊張気味で、サーブがほとんど入らない。
追い風も裏目に出て、山なりに緩いサーブを打つとアウトに。
それをきちんとジャッジしてくる相手が次々に得点。
スニルさんに「次は思い切ってスタメン変えよう」と相談、即決。
朝出てきた案で行くことに。
そして14点どまりで第1セット終了。

2セット目。
サーブがほとんどリベロ以外に行き、速攻が激減。
そして、動揺したのか、多少レフトの2人までミスが目立ち始めた。
中盤でリードを奪うと、こっち以上に向こうがもたつき始めた。
あれよあれよと24対19のセットポイント。
こっちはタイムアウトも2回残っている。
ただ、1セット終わりかけているのに、フォーメーションがうまく回っていなくて、時々誰もいないスペースができていたのが気になっていた。
とはいえ、あと1点。
1セット取れば、どうなるかわからない。
しかもエース・ニランティは前衛。

ここからが悪夢の始まりだった。
フォーメーションを勘違いしたセッター・タクシッラが、バックアタックのトスを上げてしまう。
前衛のつもりで助走に入ったニランティ打てず。
チャンスボール献上、派手な速攻で失点。
サーブレシーブをするためにニランティがかなり後方へ下がっていたのだ。
「サーブレシーブはW型に配置された後方2人が取るので、前方中央の選手は下がらずに前をケアする」
という約束事が、明らかに崩れていた。
それを見越したように、相手のサーブはニランティへ。
案の定崩され、切り替えされてしまう。
次もニランティにサーブが。
かなり後方でレシーブさせられることになり、しかもコート外へはじいてしまった。
あきらめかけたところで、必死にボールを追ったセッター・タクシッラが今日一番のセンターオープンを上げる。
みなニランティの強打を心待ちにしたものの、かなり後方でサーブをレシーブしたニランティは、助走の準備をしておらず、誰も打たないナイストスがコートに落ちた。
すぐにタイムアウト。
なんとか修正・・・と思ったが、
スニルさんの指示するサーブレシーブのフォーメーションは練習したことはない。
というか、メンバー構成自体初めてなのだから、無理もない。
子どもの顔も、まったく表情がなく、言葉も出ない。
そんなにうまくは行くはずもなく、23点目が相手に入った時点で、再度タイムアウト。
スニルさんはかなり熱くなっていて、自分にはいまいち聞き取れない指示。
というか、具体的な指示をしている感じはなかった。
そこで・・・
「いつもやってきたとおり、高い離れたトスを上げて、ゆっくりニランティに打たせていこう」
そうセッター・タクシッラに指示。
安心したような笑顔を見せたので、後は信じるのみ。
再度サーブで崩され攻撃できず、ジュース。
その後、ようやくニランティにつながり強打成功。
そしてここで、頼みのニランティの前衛終了。
バックアタックになり弱気になったのか、中途半端な強打でアウト。
無難に入れていこうとして後方に放り込んだオーバーパスもアウト。
あっさり逆リーチをかけられ、最後は返すだけになったチャンスボールを相手レフトが強打。
ポジションのはっきりしないレシーバーの間にきれいに決まり試合終了。

スニルさんは「シット!!」
とグランドを蹴りつけて悔しがっていた。
終わってすぐのミーティング。
スニルさんは「俺は言うことはない。みんなで話し合え、とだけ言う」と自分に言っていたものの、
「4回は勝つチャンスがあった。もったいない。なにをやっていたんだ?」
と思わず口にしてしまっていた。
その後も同じようなことを繰り返し言っていた。
そして自分が話す番に。
「明らかに相手は強かった。クイックもありアタッカーも多い。でも、勝てなかったかな?自分たちがやってきたこと、サーブやレシーブで十分勝てるんじゃないか?」
「自分が来てからほんの1ヶ月ちょっと。ニランティとは一日練習しただけ。まだまだこれから強くなれる」
「でも、勝つことは簡単じゃないって、今日学んだ。その様子を忘れないように、写真に撮ろう」
「そして、デニヤーヤに戻って、練習するときにこの写真をみて、今の気持ちを思い出そう」

以前の初試合で、負けたのに喜んでいたことを戒めるために、笑顔じゃない写真を撮ったのだが、それが子どもには結構インパクトがあったのだ。
正直、いいやり方なのかどうかはわからないが、今回も同じように、写真を使ってやってみようかと。
会話力のない自分。
話術で伝えられることはまだまだ少ない。
だけど、写真を撮って、
「このときの気持ちを忘れないように」
とすることで、今後に生かそうかと。

「思い切ってミスをすることがあってもいい。でも、その次どうするか、それを考えてから、次のことをするんだ」
そういって練習してきたことと、同じ。
試合で負けた。
では次からどうやって練習していくか。

ミーティング後、すぐにみんなデニヤーヤに出発。
でも自分はJICAの歓迎会があるため、コロンボに残らなければならなかった。
早く帰ってきて、という子どもに・・
「みんなで今日のこと、これからのこと、いろいろ話し合うんだ。少しくらい自分がいなくても話し合えなくてどうする?」
「自分は、いつまでもいるわけではない」
そうなのだ。
ここにはおそらく、半年。長くても1年。
今の予定はそうなっている。
コーチがいなくてもやっていける、そんなチームを作らなくては。
突然やりなれないポジションになりながらもがんばったラサンティに、ノートを渡し、
「今日学んだことを書くんだ。」
それを興味津々な顔で覗き込んでいるニランティに、
「このノートには、今までの練習の大事なことがたくさん書かれている。読んで、みんなに教えてもらうんだ」

敗戦からなにを学べるか。
それで、今後、自分たちが強くなれるかどうか、決まってくる。
自分も、じっくり今までを振り返ろう。
2008.09.13 大会前日
5時間以上かけてコロンボ入り。
宿泊先は学校の先生の弟さん宅。

試合会場は、なんとそこから歩いて3分の体育系の学校のグランド。
その上、しっかり前日に練習ができるという。
昨日までの心配はまったくいらないものだった。
こんな簡単なことすら、きちんと会話できていないというのは、非常に大きな自分の問題点。
ま、悪いほうに向かったわけではないので、よしとする。

ついに合流したユースのメンバー・ニランティ。
身長167cm(自分とほぼ同じ)やや細身だが、明らかに他の子たちとはレベルが違う。
自然なフォームで、きちんと跳ぶし、肩も強い。
ボールの扱いも丁寧、コントロールもきちんとしている。
想像以上に期待できる。

グランドはコートが10面以上。
練習はやりたい放題。
これといった問題はないと思っていたのだが、練習するにあたって、いきなりカウンターパート(相棒)スニルさんが、
「いろいろ試そう」
と言い出した。
ん?だから、今から新しいことしたって覚えられないから、フォーメーション作ってきたんだぞ・・・
ものすごく大事なことなので、切々と訴えるが、
「今までやってきたことあるから、大丈夫」
いったいその自信はどこからくるんだ・・・
半ばあきれ気味だったが、自分がこのチームにきてからほんの1ヶ月ちょっと。
今までどんな風に試合に臨んできたのか、見せてもらえるのだから、今後のいい参考材料だ。
2セットだけ、という話だったので、とりあえずあまり口出しせずにやってみることに。

Bチームは自分がセッターで、ローテなし。
「相手が練習になるようにするにはどうするべきか」
ということを説明し、ゲームをしてみた。
さすがに試合前日だけあって、いつもと真剣さが違った。

ただし、Aチーム、スニルさんの指示のもと、いろいろやってみるが、案の定ドタバタするばかり。
Bチームはローテなしなので、すぐに慣れ、安定してくる。
スニルさんは、あれやこれや、いろいろメンバーを換え、まったく練習の効果は出ない。

2セットの予定が真っ暗になるまで全部で4セット。
結局練習してきたフォーメーションはやらずじまい。
結果、Bチームがどんどん良くなるばかりで終了。
今日合流したエース・ニランティにフォーメーションに慣れてもらう、という自分の計画はまったく実現されなかった。

その後、先発6人をどうするかで、激論。
「今さら新しいことはできない。できるなら練習は要らない」
という自分のスタンスは、明らかにスニルさんは実感していた。
ただし、練習してきたメンバーでは明らかに攻撃力不足で一見弱そう。
「だからレシーブをきちんと練習してきたんだ」
それもわかっているようなのだが、不安はなくならない様子。
そりゃそうだ。
練習してきたっていってもほんの1ヶ月。
いろいろ試行錯誤しながら、体力づくりも・・・なんて1ヶ月だったから、それほど劇的な進歩はあり得ない。
お互いそれは分かっているのだから、不安でいろいろしたくなるのも分かる。
かなり話し合ったが話はまとまらず。
そこでスニルさん、
「子どもたちに先発6人を投票させよう」
・・・それはどんな風になるか、見当つかないぞ・・・
でも、自分が練習してきたこと、教えてきたことを子どもたちが理解していれば、自然と練習どおりになるはず。
賭けてみるか。
こんな賭けをしてる時点で、少々問題ありだが、きてから1ヶ月ちょいなのだから、こんなもんでよし。

そして、スニルさんいわく・・・
「変な結果になってもいいんだ」
ん?どういうことだ??
「投票は一人一人で書かせて、話し合いはさせない。子どもたちがどんな風に考えているか分かればいいんだ」
「結果は公表する必要はない。俺たちで決めるんだ」
なるほど。

投票の結果・・・
一番フォーメーションを練習してきたメンバーが上位に。
「試合のために練習する」
「練習してきたことを試合でする」
こう言ってきたこと、一応子どもたちは分かっている(全員ではないが・・・)のだ。

スニルさんは、ちょっと大きくて打てそうな子をレシーブ要員と換えたかったようだ。
Bチームで、自分のトスを打ったら結構決まったもんで。
その子が今後得点源として期待できるというのは、自分も含めみんなが思っている。
ただ、自分が来てから転校してきた子なので、技術、体力ともまだまだ。
でも、投票の結果、少数得票ながら7番手というあたりで、それは明らかになる結果となった。
「経験を積むことは大切」
というのは、自分とスニルさんで共通している考え。
相手を見ながら、積極的にメンバーチェンジをするということで話がまとまった。

この時点で夜10時。
スターティングメンバーは当日公開。

いよいよ、大会だ。
その夜、自分は緊張でなかなか寝れなかった。
こんなこといつ以来だろう・・・
2008.09.08 大会間近
唯一の得点源と期待している一人は、現在ユース(ジュニアの下の世代)の代表に選ばれていて、来月に台湾で行われる大会へ向け、コロンボにて合宿生活を送っている。
そこで、カウンターパート(相棒)スニルさんと相談し、連盟のお偉方に直接確認、交渉することにした。
自分は一応、連盟の要請でこっちに来ている形なので、連盟のお偉方と直々に顔を合わせているので、その人脈を生かすことに。
二人がかりで時間差電話攻撃。
その結果・・・
「大会には一緒に出れるよ。でも、9日に遠征メンバーの最終セレクションがあるから、その後からね」
との回答をゲット。
大会は11日から。
そう来たか。
ま、大会に来れるのだから、よしとしよう。
スニルさんとひとまず安心。
「10日は朝早く出て、どこかで練習しよう」
ということで話がまとまった。
コロンボまでは車で7時間程度。
前日に体が動かせるのは、非常に大事なこと。
ただ、体育館なんてほとんどない国。
コートを借りれる当てなんかあるんだろうか・・・

自分的には女性コーチ・ランギカ率いるトリンタンのコートしか当てがない。
ちなみに彼女は、10日からジュニア(ユースの上の世代)の代表チームのコーチとして、日本でしばらく合宿、その後タイでの大会に参戦予定。
ま、交渉の余地はあるな・・・
ほんとに偶然見つけた、コートとチーム。
ずうずうしく乗り込んでみてよかった。
そんな縁を活かしながら、大会でいい結果が残せれば・・・

ちなみに今大会は、インターハイみたいな感じ。
いろんな種目の全国大会が、数週間に渡って開かれる。
ただ、バレーは2年ごとに年齢が区切られていて、15歳以下、17歳以下、19歳以下と複数の大会を同時進行するらしい。
来月行われる別の全国大会は、年齢の区切りが1年ずれて、12歳以下、14歳以下、16歳以下、18歳以下となるそうだ。
つまり、ほんの2ヶ月の間に、2つの全国大会用のチームを作る必要があるのだ。
なんでそんなやりにくいシステムになってるんだか・・・
ただ、年間のスケジュールは、初めてスニルさんと話したときから、幾度となく繰り返し確認してきたことなので、それなりにチーム作りも考えてやってきた。
今大会で勢いをつけて、次の大会でもひと暴れ!
と行きたいところだが、そんなにうまくいくのかどうか・・・
大雨の中、自宅で全国大会決勝を観戦した数日後、「ALL ISLAND TOURNAMENT」の大会要綱が届いた。
大会要綱が届く前の事前情報では、1ヶ月前にきた連絡で11日からだった。
それが半月前になって、1週間早まって6日になっていた。
そして今回はほんの1週間前。
さすがにもう変更はないだろう・・・と思っていたら、しっかり変更になっていました。
元通り11日から。

フォーメーションに不安があったので、練習時間が増えたことで、子ども、スニルさんと一緒に少々ほっとする。
ただ、ジュニアの代表に選抜されている子(この子のスパイクが唯一の得点源と見込んでいる)の海外遠征と日程が近い。
彼女は海外遠征のための合宿で、1ヶ月以上前からコロンボにいて、自分は一度もプレーを見ていない。

先日テレビで全国大会を見たが、女子のレベルは想像以上に低い。
スニルさんや子ども、関係者は、みんな彼女の実力に太鼓判を押しているが、自分的には少々不安。
でも、あまり深く考えず、素直にみんなと一緒に当てにすることにしていた。
フォーメーションの練習でも・・・
「大会ならこのポジションならあいつがいるから、こうやればあいつに打たせて得点できるよね」
なんて言いつつ、フォーメーションを組んでいる。
自分的にはずいぶん投げやりというか、乱暴なやり方だと思っていたのだが、周りの人たちはまったく気にしていないので、自分も乗っかることに。
ま、なるようになるか。
自分がオロオロしてもしょうがない。

ただ、日程変更に伴って、これなくなった、なんてことになると、話は違ってくる。
スニルさんもいち早くそれに気づいて、彼女に電話していたが、なんと、連絡がつかない。

そして、組み合わせを見ると、自分たちはトーナメントの1番枠。
日本で言えば第一シード。
スリランカでも、一番強いと思われるチームがその枠に入るそうだ。
「Kが来たから、強くなってると思ったんだよ」
そういって笑っているスニルさんの笑顔は、かなり引きつっていた。
「たった1ヶ月ちょいで強くなんかならない」
これは自分とスニルさんの共通した見解だった。

どうなることやら・・・
2008.09.06 招待状
他の町でバレーを教えている先輩隊員が、一般の全国大会があることを教えてくれた。
しかも、決勝戦を見に行くことができるように連盟に声をかけてくれるという。
そいつは、ありがたいことだ。
この話を聞いたときは、まだマイナーな大会(ショックに打ちのめされる)前で、少々チームに手ごたえを感じていたので、
「ひょっとしたら、1日だけ抜けれるんじゃないか?」
と、淡い期待を抱いていた。

しばらくして、きちんとした招待状が届いた。
とても綺麗なデザインで、
「全国大会に招待されたんだ・・・」としばし感動。(交通費は自費だが)

ただ、はじめから分かっていたのだが、実はこの一般の全国大会、自分たちの大会の1週間前。
そんな大事なときに行けるだろうか。
行けません。
わかりきったこと。
まだまだ繰り返しフォーメーションの確認をしなくては。

泣く泣く行くのを断念。
ところが、なんと招待された当日は、前日からの大雨でグランド使用不可能。
そして朝からびっしり雨で、午前のみ教室で練習。
せっかくの大事な時間が・・・
憎き雨。
ただ、子どもたちはフォーメーションの確認に熱心に取り組んでいる。
覚えの悪い子にしつこく教える子も出てきた。
毎日のように、できることをコツコツやる。
それが結果につながるのだ。

子どもたちの真剣なまなざしが、いい結果につながることを信じ、明日こそ晴れてグランドで試合形式で確認ができることを祈りたい。
が、いまだに大雨・・・

お願いだから晴れてくれ・・・
2008.09.02 タモリの弔辞
友達のブログを見てたら、広告サイトにこんなリンクが・・・
「タモリの弔辞」
ん??なんだそれ?
タモさん死んだのか???
実は、自分はタモリが大好き。
いいとも(特に増刊号のトーク)、タモリ倶楽部、トリビアの泉、ボキャ天・・・
みんな好きだ。
というか、タモリのトークが好きかな。
亡くなられたのであれば、自分的には非常にショック。
帰国後の楽しみが減ることになる。

ドキドキしながらリンク先を見てみると、どうやら漫画家の赤塚不二夫さんがなくなったよう。
言わずと知れた「天才バカボン」の作者。
タモリとは旧知の仲。(これは知っていた)
リンク先の記事そのものは、「白紙の原稿を読んでいたようだ」的な内容だったが、話した全文を載せているサイトもあった。

全文を読んでみて、いい弔辞だな・・・と素直に思った。
赤塚不二夫さんは、周りの人のことを考えて、マージャンで人のフリコミであがらない、金銭的に迷惑を被っても決して怒らない、そんな人だったそうだ。
それがいいことなのかどうか、自分には分からない。
ただ、赤塚さんは、この一言でそんな問題を解決していたと、タモリは言っていた。
「これでいいのだ」
まさにバカボンのパパの一言。
すべてを受け入れて生きていたと言うのだ。
これは、その生き様が凝縮された一言と言っていいだろう。

この言葉、そしてタモリの弔辞と、受け取り方は人それぞれだろう。
ただ、自分は非常にいい言葉だと思えた。
小さいころ、なんとなく見ていたバカボン。
受け取り方次第。
自分次第。
どんなことからも学ぶことができる人間でありたいものである。

ちなみに、こっちに来てから、お気に入りの帽子1ヶ、命の次に大事な指差し会話帳1冊が、バッグのサイドポケットから行方不明。
自分の不注意から起こったこととはいえ、少々やりきれない気持ち。
でも「これでいいのだ」
受け入れながらやっていこう。
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