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「バレーボールはスリランカの国技」
とは言っても、空港からコロンボ、コロンボ市内でもグランドではまったくバレーをやってるのを見ていない。
金曜日、バス・スリーウィラー(トゥクトゥク)の乗車練習後、「オデール」という高級デパートで解散になったので、一人で徒歩で市内探検に。
迷ってもいいように、ホステルまでのスリーウィラーの相場も確認済み。

トボトボ歩いていても、バレーをやってそうな場所などまったくなし。
まあ、首都の真ん中だし、無理もないか・・・
と思っていた矢先。
見つけました!
平均身長180くらいの男8人くらいで、普通に外でやってます!
コロンボ・市内選抜チーム1


しばらく、遠くからジロジロ眺めていた。
「こういうところでやっていくんだ・・・」
「しかも、そんなのに自力で出くわすなんて・・・」
なかなか感慨深いものがあった。

やはりここまできたら、眺めるだけでは物足りない。
足首をひねって休んでいる一人のところに、ツカツカと近づいて話しかけてみた。
「明日も練習してるの?」
帰ってきた返事は「○×△▼※ wednesday and friday ■×※▼○▼」
シンハラ語だけでもわからんのに、英語が混ざっていて余計混乱。
ガンガン話してみよう!と腹を決め、持っていたシンハラ語のノートを広げつつ、あーでもないこーでもない聞いてみた。
その結果・・・

今やってるのは、市内選抜チーム。
みんな18歳くらい。
チーム名「トリンタン」(らしい)
女の人がコーチ。
練習は選抜なので、週2回。
自分もバレーをやるので、一緒にやれるか聞いたところ、水曜と金曜にやっているとのこと。

選手は結構、というか、かなりうまい。
セッターは結構ボールを持っている。(自分的にここは重要)
そして、コーチが指導している内容も、きちんと見て取れる。
この日は、しばらく打ち込み(連続スパイク)をした後、ワンレッグのブロード攻撃(センターからライトへの移動攻撃)に初めてチャレンジしていた。
選手はみな、教わっていることをあっさりこなしていた。
勢いでこなせるだけの身体能力が、はっきりある。
北海道の高校レベルなら、全道でも中堅以上は確実にある。

来週水曜日、今から楽しみである。

ただし、迷わず来れるだろうか・・・
まずはそこから。

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2008.06.30 コロンボ事情
コロンボはかなり都会です。というか、すごい密集してる感じ。
背の高いビルもたくさんあり、JICAの事務所のあるところも10階建て。
まわりの景色はなかなかなもの。
コロンボ・JICA事務所より

交通は発達してる・・・というかやたらと量が豊富。
バス、スリーウィラー(トゥクトゥク)がウヨウヨ。
そして、その距離が近い!
クラクションを鳴らしまくって、ガンガン飛ばしてます。
手が届きそうな、というか届く距離で堂々とすれ違います。
ちょっとしたジェットコースターより怖いです。
これはバスターミナル近くの道路。
コロンボ・バス3

バスターミナル。かなりごちゃごちゃ。
テロの警戒が厳しく、これ撮ってたら注意されました。
コロンボ・バス1

こんなバスも・・・
コロンボ・バス2

実は市内の車関係は、ほとんど日本車。
日本の中古車・新車がかなり流れてきています。
しかも、駒ヶ根で教わったネイティブの先生によると、日本の文字は「かっこいい」そうで、文字や塗装は敢えてそのままらしい。
それにしても、こんな名前のとこ、地元だけど知らない・・・

JICAのホステルは「ゴールロード」という幹線道路(北海道なら国道5号線みたいな感じ)のすぐそば。
かなり都会です。

「マジェスティックシティ」と言われる大型ショッピングモール(4階建て・最上階は映画館)が近くにあり、ちょこちょこ活用してます。
そこのロビーの液晶テレビで大発見!
パーマンやってます。
これはパーマン3号「パー子」ってやつですね。
コロンボ・MC

ちなみに、ハットリくんもやってました。
さすが日本アニメ!

カレーも食べました。
もちろん手で。
辛いですがおいしいです。
JICA事務所そばの小さな売店で120ルピー=日本円で120円くらい。
かなりライスが大量です。
コロンボ・カレー弁当

ただ、いろんな国の料理店がたくさんあり、タイ料理、インド料理、パキスタン料理、中華料理などなどスリランカ以外のもののほうが食べてるかも・・・
パキスタン料理の店では、パキスタンから来た団体さん(10家族くらい)と一緒になり、記念撮影。
コロンボ・パキスタン料理2

ただ、スリランカのカレーを食べよう!って入ったのに、よく見たらパキスタン料理だった・・・ってだけでしたが。
コロンボ・パキスタン料理1

よく見れば、ちゃんと書いてました・・・
パキスタンの人たちは、男性・女性が別々に食事してて、お店にはアルコールは一切なし。
インド料理でもそうでした。
やはり宗教が色濃く反映するのだと、改めて実感。

来週からはJICAホステルを離れ、ホームステイしながら事務所に通って研修。
どうなることやら・・・
ようやく明日は休日。
というわけで、少々時間をかけて出国から今までを振り返ってみよう。
今回スリランカに行くに当たり、持っていく荷物はこれで全部。
出国時荷物

50+10リットルのバックパック、33リットルのバックパック、14リットルのヒップバッグ(肩掛け可)
ヒップバックは、「リュック型のものは後ろで何をされるか分からない」という訓練時の教えから、今回新たに購入。
シューズと着替えを入れても余裕があるものを探し、直前に購入。
14リットル(ノースフェイス製)・12リットル(マウンテンスミス製)でかなり悩んだが、レインカバーがついて容量も大きいノースフェイス製に決定。
機内への持ち込みは、このヒップバッグ1個にする。

手持ちの荷物の大半は「夏物衣類」
どんだけ練習で汗だくになってもいいように。
なんといってもバレーをしに行くのだから、それが大事な商売道具なのだ。
(救援物資として、いずれコンタクトレンズ・長袖類を送ってもらうよう妹にお願いした)
衣類圧縮袋を初めて使ったが、効果は絶大。
たくさん入れられたおかげで、多少重くなってしまったが仕方ない。
防犯対策として、自転車なんかの鍵として使えるワイヤー+ダイヤルのロックをいくつか購入。
バックパックの表面に、丈夫な伸縮キーホルダーも併用し、はっきり見えるようにくくりつけてみた。(わかるかな?)

シンガポールの空港のトランジットホテルにて一泊。
「世界一綺麗な空港」という噂を聞いていたが、噂に違わぬすばらしい空港だったので、出国不可の一泊でも十分楽しめた。
まず目を引くのは、3つのターミナルにそれぞれ作られているガーデン的なホール。
全部本物の樹木で、池には鯉がウヨウヨ泳いでいる。
かなりの人数の人たちが、空港内のいたるところにある植物の手入れに忙しい。
シンガポール空港1

そしてそれらの3つのターミナルを結ぶ、無人・無料の「スカイトレイン」
無人で数分おきに運行されており、近未来的な雰囲気たっぷり。
シンガポール空港5

そのほかにも、各ターミナル屋上に植物園(サボテン・ひまわりなど、テーマが決まっている)
シンガポール空港3

こんなかっこいい、映画や音楽を楽しめる無料のブースも。
シンガポール空港2

その上、ちょこちょこ配置されている無料のマッサージ機(2種類あったが、これが最高だった)
シンガポール空港4

そのほかにも、ジャグジー(有料)やショッピングモール、サッカーのユーロ2008を流していた特設会場などなど・・・
ほんとにすごかった。
スリランカではバスタブにゆっくり入れる機会はないと思われたので、夜はジャグジー、朝はホテルの自室で、どっぷりとお湯を味わった。
これから2年間、温泉・サウナとはお別れ。
こればかりは「あんこ」を作るようなわけにはいかないだろう。
2008.06.27 会話力
昨日の書き込みは自分の精一杯の英語です。
♂2♀4との共同生活。
暑い。
食べ物はうまい。右手で食べてます。
トイレで左手はまだ使ってない。
いつか使うことが出来るのだろうか?
わからない・・・
といったところです。
30分程度かかってます。

トルコ・ギリシャからの書き込みを見てくれた人たちからは
「Kさん英語かなりいけてるんじゃないですか!?」
といわれたことがあったけど、けっしてそんなことはありません。

今日は仲間3人と買い物へ。
帰りにファストフードっぽい店で夕飯購入。
自分以外の2人はあっさり注文を済ませ、店員も早速調理に入っていた。
自分はちょっと軽めでいこうと思っていたので、「ポティ」という安いものにすることに。
「ポティ エカック(一個)」と頼んだのだが、なにやらいろいろ答えが返ってきて、一向に調理に入らない。
とりあえず「ポティ」なるものがなにものなのか聞いてみた。
あーでもないこーでもない説明してくれるのだが、まったく理解不能・・・
先に頼んだTノーナが「ちょっと!ちゃんと頼めてんの!?」とイライラしている。
自分的には頼んだが、どうも頼めていないような気がする・・・
話の流れでこちらが日本人だと知るといきなり
「おはようございます」「どうもありがとう」
などと流暢な日本語が飛び出した。
ちょっとかじったことがあるらしい。
英語、日本語、シンハラ語をごちゃまぜに長々と会話してみたが、自分はほとんど理解不能。
相手はこちらの言い分をまったく理解不能・・・
あとの2人は「ふむふむ・・・」的な表情を見せつつ、オーダーしたものをゲット。
会計を済ませたところで、「毎度様です!」的な雰囲気に。
・・・
案の定頼めていませんでした。
慌てて頼んで会計を済ませたものの、Tノーナのイライラはおさまることはなく、帰ってからみんなでワイワイ食べている間もいいだけ怒られました・・・

ご飯くらいきちんと注文できるようにならなくては・・・


2008.06.26 in Colombo
Today,I send comment from internet cafe in colombo.
I stay in domitory with 2 men and 4 wemen.
Colombo is too hot!
Something to eat is very good!
When I eat Curry,use may right hand.
But,in restroom,I do not use my left hand yet.
Someday,am I able to use my left hand...
I do not know...
2008.06.25 無事入国
シンガポールでの1泊を経て、無事にスリランカ・コロンボに到着!
いろんな人から応援の声をいただき、「まず無事に帰る」ための第一歩「無事到着」を果たしました!
JICAが借り上げている3階建ての一軒家「ホステル」にて、約1ヶ月、語学研修をうけながらの共同生活となります。

何の因果か、今日は自分たちの2年前に来た人たちが帰国する日。
自分たちが到着すると同時に、先輩隊員6名がこのホステルから帰国していった。
自分たちの2年後はどんな感じなんだろう・・・と考える暇もなく、明日の大使館表敬の準備や荷解き。

少々お疲れなので、今日はこの辺で。
徐々にいろいろな情報をアップしていきます!
2008.06.23 出国前日
いよいよ明日午前中に出国。

訓練を終えてから今日まで、いろんな人たちにいろんな言葉をかけてもらった。

大学を卒業してから一番長く過ごした函館。
先週そこのバレー仲間が壮行会をしてくれた。

高校の同級生Yンケ宅に泊めてもらい、車で会場まで送ってもらったのだが、その車中でラジオから懐メロが。
最初は斉藤由貴の「悲しみよこんにちは」
名曲である。
めぞん一刻のオープニングだ。
自分は主人公の五代裕作が非常に好き、というか親近感を持っている。
響子さんもこぼしていたが、非常に「グズ」なところがあり、どこか分かる気がするのだ。
自分もグズグズとはっきりせず、ずるずると物事を長引かせたりしてしまうことが多い。
「不意に悲しみはやってくるけど仲良くなって見せるわ」
そんな前向きな歌詞をしみじみと聴いていた。

そして2曲目。
これが問題である。
菊池桃子の「もう会えないかもしれない」
これにはYンケと二人で笑ってしまった。

きちんと帰ってきて、いろんな言葉をかけて応援してくれた人たちに、また会いに来なくては。
そういう思いを改めて胸に刻んだ。

壮行会では、カラオケ好きな自分に最後に一曲歌えとのありがたい声が。
満を持した自分の選曲はというと・・・
CーCーBの「スクールガール」
我ながらどうしようもない選曲だが、そんなどうしようもないところが自分らしい気がしたので、敢えて熱唱。
Y田クラブのみんな、最後まで聴いてくれてありがとう!

今日は成田に前泊だったので近くに住む大学の同期と2人でカラオケへ。
最近のお気に入りSuperfly「愛を込めて花束を」をはじめ、ALFEE「恋人たちのペイブメント」浜田麻里「Nostalgia」などの懐メロを熱唱。
最後の一曲、同期のWinが選んだのは・・・
なんとその日唯一の洋楽、Billy Joel「PIANO MAN」
そんな曲で終わるとは思わなかったが、自分も好きな曲なので、非常にいい感じで終了。

ふと電話を見るといろんな懐かしい人からメールが。
ほんとにいろんな人が応援・心配してくれていることは力になる。
みんなほんとにありがとう。
ちゃんと帰ってきます。
2008.06.20 日程
自分の出国は23日(月)の11時。
成田での手続きがあるため、前日の夕方には成田入りする必要があるので、22日(日)の昼過ぎに北海道を離れます。

いよいよ秒読み段階って感じかな・・・

今日は表敬訪問で道庁などへ行ってきました。
壮行会なんかもあって、ちょっと長い一日でした。

荷物のパッキングがほぼめどがついてきたので、どんな具合か近日中に公開します。
訓練所生活。
200人ちょいの人間が65日間、一緒に過ごした。
朝のつどいとラジオ体操、食堂での全員同じ食事、みんなで入る大きな風呂、そして門限。
毎日の語学講義と宿題。
テレビのない生活。
お金の心配をほとんどしなくていい生活。
(自分はほとんど飲みには出なかった)
それはまさに「非日常的」な日常生活。
いろんな人と出会い、いろんな人と話し、いろんなことを見てきた。

いきなり大失敗した自己紹介。
インパクトを狙いすぎ、とんでもない誤解を招いてしまったが、そこで体験できたことはすごく貴重だった。

人生最高のモテ期を体験した幼稚園での所外活動。
子供と遊ぶ、ご飯を食べることがあんなに大変だったとは・・・

初めて小学校の教室で子供を目の前にして、自分の仕事やこれからについて話した学校交流。
限られた時間で準備するのは大変だった・・・

思いのほか好評だったスリランカの民族衣装「サロマ」
(女性用のサリーを着る機会は忙しくて作れなかった)
サロマで先生と

突然お風呂で、それまであまり接触のなかった人から「すごく似合ってますよね」と話しかけられたときにはびっくりしたが、なんだかうれしかった。

国際協力や異文化理解のためのさまざまな講座。
今は白身魚を食べるとき、ちょっと複雑な気持ちが心のどこかにある。

こつこつやってきたバレーの練習。
がんばるって、やっぱりいいことだ。

すべてここにきたからこそ体験できたこと。
これからも自分にしか体験できないことを体験していく。
日本では味わうことのない世界。

その中でなにができるか。
自分次第。
幸い自分には応援してくれる人たちもいる。
やれるだけやろう。
2008.06.16 帰省
週末で帰省した。
姪っ子一人(5年生)を連れ、一路愛すべき故郷S町へ。
両親と久々、訓練入所前以来の再会。
親戚もわざわざ3人が顔を見に来てくれていた。
「外国で暮らす」ということは、自分の身内の中では非常にレア、というか初のケースであり、心配は予想以上だった。
きちんと無事に帰ることを約束した。
あとはその言葉にしっかり責任を持って、自分の身を守って生きていくのみ。

帰る際、ちょっと自分の好きな場所に寄った。
母校M小学校の裏山である。
小さいころはとてつもなく高いと感じ、一番上からミニスキーで降りてくるのも一苦労だった裏山。
今見るととてつもなく小さい。
ここからは町がぐるっと見渡せる。
自分はちょこちょこ自分の世界にどっぷりと浸るナルシストな面があり、卒業・入学の機会にはここに来て物思いにふけってきた。
グランドではちょうど運動会が開催中。
M


この小学校の体育館で始めたバレーボール。
どんな理由で始めたのか、正直はっきり思い出せない。
でも、卒業するときに、教えてくれていたコーチから、
「いつかこうやって教わったことを、誰かに教えてあげて欲しい」
そう言われたことは覚えていた。
自分が教わったことは、バレーボール。
だけど、気がついたらその中でいろんなことを教えてもらっていた。
いろいろな成功、達成、失敗を経験させてもらった。
礼儀、友達、努力が大切だということを当たり前に受け入れられるようにしてもらった。
他にも自分で自覚していないだけで、教わったことはたくさんあるだろう。
物事を教える側の人間がどうあるべきか、ということもしっかり見せてもらった。

それから今まで、教える機会や、自分がプレーする機会はたくさんあった。
幸い人間関係や偶然に恵まれ、ある程度結果も出た。
でも、自分はそれでは満足できなかった。
自分にはできることがまだある。
そして今までの枠組みを越えることにした。

自分にとってバレーをするということは「歯を磨く」ことのようなもの。
やらないとなんだか気持ち悪い。
しかし、けっして毎日気の済むまでできたわけではなく、いつもバレーがしたいと思ってきた。
せっかくそれができる機会を得たのだから、もういい加減しっかり荷造りしなくては。
日本での残された時間はもうほとんどないのだ。

2008.06.12 訓練最終日
明日で訓練が終わる。
この前の日曜日には、別れを惜しむ形で終日「フェスタ」なるイベントが開催され、ここで学んだことや持ち前の特技などを皆が披露。
空手やサルサ、ジャグリング、合唱、自主制作の映画なんかまで飛び出し、非常に盛り上がった。
ホントに芸は身を助けるね。

今日は最後の語学イベント「語学発表会」なるものがあり、シンハラ語クラス7人が10分弱のスピーチを披露した。
自分は話し好きな上に話が長いということで、必然的に最後のトリを勤めさせていただくことに。
日本語で話しても話が長いのに、ボキャブラリーのないシンハラ語なのだから、言葉が続かずますます長くなるのだから、我ながら話が長い。
「1時間でもいいよ」
な~んて講師のMノーナから冗談を言われるくらいなので、まあ仕方ない。
せっかくなんで原稿は短くして、アドリブでちゃっかり話してしまおうと企んでいた。

いざ話してみると、ホントにむずかしかった。
終了後に先生2人が「これでようやくスタートラインに立っただけ。あとはスリランカでがんばれ」と言ってくれた。
エーカ タマイ!(シンハラ語で「そのとおり!」)
訓練は終わりだが、これからが本番なのだ。
今までは単なる準備。
23日には出国し、シンガポール経由でスリランカ・コロンボへ。
訓練や勉強としての語学ではなく、生活するために必要な手段としての語学となる。

今日の最後の講義は、海外協力隊員として活動中に何らかの事情で亡くなられた方々の遺族会の方のお話だった。
「無事帰らなかったらどうなるか」
すごく考えさせられる講義となった。

自分には体調のよくない両親がいるのに、今の道を選んだ。
相談はしていないし、許可も得ていない。
結果報告だけ。
苦労して東京の大学を卒業させてくれたおかげで、せっかく安定した公務員になれたのに、勝手に辞めた自分。
我ながらどうしようもない勝手な人間だと思う。
そんな自分に対し、何も言わないでいてくれる。
最低限自分がやらなくてはいけないことは、無事に帰ること。
そして、自分が何をやってきたか、胸を張って話せるだけのことをしてくること。
やりたいこと、やるべきことを話すことはできる。
あとはやったこと。

2年後、しっかり両親に話したいと思う。
2008.06.07 語学修了試験
語学の修了試験が終わった。
ネイティブのSパーラ先生と我がクラス担任Mノーナが見守る中、びっしり4時間。
リスニングあり、普通の文章問題あり、集団での会話ありと実に盛りだくさんの内容。
出来はどうあれ、残る語学のイベントは退所前日の語学発表会のみ。
確実にこの訓練も終わりに近づいているのだ。

約2ヶ月、毎日びっしり語学を学び、いろいろな講義を受けた。
体育館に一番近いところに部屋があったせいか、夜にはほぼ欠かさずなにかしらの運動。
そして毎朝のランニング。
先日は東京まで出向き、皇太子殿下から直接激励を受けてきた。(生で見ちゃったよ)

ほっとした気持ちよりも、この先への期待がどんどん膨らんでいる。
毎日ほんとに充実していた。
特に語学は、周りの人にも恵まれ、楽しく、効率よく学ぶことが出来たと思う。
自分は基本的によくしゃべるほうなのだが、うまい具合にいじられながら、いろいろと会話の練習をさせてもらった。
教えてくれたMノーナ、いじってくれたTノーナ、Rノーナにはほんとに感謝の気持ちでいっぱいだ。
ボホマ ストゥティ!(シンハラ語の「どうもありがとう」)
今は早くスリランカへ行って現地の人と会話してみたくてうずうずしている。
ま、最初は全然できないだろうが・・・
現地入りしてから再度1ヶ月、語学や生活に関する研修を受け、7月23日から実際の活動に入ることになっている。
一ヶ月しかないのだから、なんとか有効に使わねば。

いろいろな人と出会ったが、その中の一人に、
「Kさんって「人」が好きなんですね」
と言った人がいた。

言われてみればそんな気がする。
大勢でわいわいやるのも嫌いじゃないけど、マンツーマンで、ひざを突き合わせて話すのは結構好きみたいなのだ。
いろんな人に魅力を感じたり、興味を抱いたりして、なにかしらのきっかけをもとになにかを話す。
そして、相手の考えや意見はどんどん聞きたい。
そんなことを自分はおもしろいと思っているのだから、「人好き」なんだろう。

ただ、嫌いなタイプもいるわけで、そういう人にはほどよく距離を置くことを常に意識してしまっている。
単純にタイプで人を判断しているのだから、あんまりいいこととは言えない。
現実の問題として、それで失敗することも多い。
自分が嫌われるタイプにはなりたくないのだが、どうすればいいかはよくわからないし、好みは人それぞれ。
できれば、いろいろな人から興味・関心を持ってもらえる魅力的な人間でありたいものだ。
ここではそういう人がたくさんいたし、今までの人生の中でもたくさんそんな人とは出会ってきた。
あとは自分がそうなるだけ。
なにをどうすればいいかなんてわかんないが、そういう気持ちは忘れずにいよう。

この先見知らぬ土地、理解しにくい文化を持つ国で2年間過ごす。
どれだけの人と会ったり、話したり出来るか。
それは自分の魅力によるところが大きいと思う。
少しでも魅力のある人間になりたいものである。
「アテン カナワー」
これはスリランカで使われているシンハラ語で、「手で食べる」という意味だ。

先日、ネイティブの先生の自宅にてスリランカ料理をごちそうになった。
「スリランカに行けば、女性は太り、男性はやせる」
語学の担当のMノーナが常々言っていた。
自分は少々辛いものが苦手である。
その代わりといってはなんだが、甘いものなら無敵だ。
一抹の不安を抱きながら、先生宅到着。
当然のことながら、奥さんもスリランカ人。
日本語を自在に操られると、非常に違和感があったが、すぐに慣れた。

スリランカでは、「いただきます」「乾杯」などはこれといった言葉がないそうだ。
こういうホームパーティーでは、全員を待ったりせず、来た人がどんどん宴会を始めるらしい。
でも、今回招かれているのは日本人生徒7人。
みんなが揃ってからのスタートとなった。

早速「アテン カナワー」を実践。
特にむずかしいことはないのだが、やはりかなり違和感がある。
「寿司は手で食べたほうがうまい」
「牛乳はビンで飲むほうがうまい」
これは自分の持論だ。
要は雰囲気が大切なのだ。
ではカレーはどうなのか。
これがまた手で食べるとうまい。
皿の自分に近いほうに手に載せられる量を寄せて、かなりしっかり混ぜる。
これは、日本のカレーを食べるときでもご飯とルーをしっかり混ぜたい自分にとってはうれしいこと。
(これには賛否両論あるだろうが、タモリもそのほうがうまいと常々言っている)
明らかに辛いのだが、どんどん食べられる。
アティン カナワ


最後にはスリランカには欠かせない紅茶。
砂糖のしっかり入ったミルクティー登場。
暑い国なのに、アイスティーは存在しないそうだ。
これはちょっと厳しいが、自分の大好きなコーラはしっかりあるそうなので、一安心。
やはり自分は太らないよう注意が必要だろう。

かわいい子供(小2・中1)とあまり遊べなかったのは少々心残りだが、十分にスリランカ料理を満喫させてもらった。
Sパーラ先生、ありがとうございました!
バレー好きな人が企画してくれた大会。
2人しかいない(一人はシニア隊員)バレーボール隊員の自分も手伝うことになり(普通は自分から企画するものか・・・)晴れて今日開催となった。

毎晩バレーの練習に来てくれていた人も参加してくれた。
正直なところ、やってきた練習はほぼアンダーパスオンリー。
ただし、じっくりこってりやってきたので、確実に上達している。

運動が苦手なタイプの人がこつこつとがんばる姿に甘え、いつも1時間以上も練習させてしまっていたが、ほんとに一所懸命やってくれた。
単調なプレーの反復。
同じことを何度も指摘。
そしてアンダーパスだけで練習終了。
笑いはほぼない。
楽しむのではなく、上達することに重きを置いていたので、うまくいかない自分にイライラしてもらうことも必要だった。
参加者は非常に少なかったが、予想よりは多かった。
自分的には、楽しさよりも「おもしろさ」を大事にしてきた。
できなかったこと、むづかしいことができていく。
苦手なことを克服する。
そのおもしろさ。
それを知りたい人の手助けをする。
人数の問題ではない。
というより、少ないことはかえって好都合だった。
人数が多いとき用にレジュメを用意したりもしたが、いつも来ている人はそんなことはしっかり頭に入っている。

大会本番。
ボールが怖くて手が出ず、緊張してサーブも入らなかった人が、自分から声を出してボールを追っていた。
練習したことをやろうとがんばっていた。
あげくに、ほとんどやらなかったアタックまで打ってしまった。
結果的にその人のチームは6チーム中2位。
優勝までもう一息だった。

練習では見ることのなかった笑顔。
あんなに喜んでもらえるとは。

大会を終えた夜、いつものように体育館に行くと、その人はもう一人で直上アンダーパスを繰り返していた。
最初のころ「一人でもできるいい練習ありますか?」と聞かれ教えたやり方だ。
「これができるようになれば・・・」
最初はいきなり自分の頭を通り越し、くるくる回っていたのに、今はこつこつと少しは続けられるようになった。
失敗したときには自分でその理由を「○○が悪いんですよね・・・」と自分から言えるくらいになっている。

また今日も一緒に1時間以上アンダーパスばかりを練習して帰っていった。
技術を教えているのは自分だが、もっと大事なことを自分は教えてもらっている。
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