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今日は「破傷風」の予防接種だった。
予防接種はこれで3回目。
肝炎やその他もろもろ、日本は安全なんだな・・・と思わされる。

世間ではゴールデンウィーク。
自分は土曜もびっしり講義なので、日曜しか休みがない。
でもなぜか、追い込まれている感じはしないし、窮屈な感じもない。
「仕事」に追われていないのだ。

終身雇用が主流で、こつこつまじめに働くことがよしとされる日本。
自分もそれはいいことだと思っていた。
ちょこっとだけど外国を見てきて、その良さも悪さも感じるようになった。
いつか自分もまた生きていくために仕事に励むことになる。
どんな仕事に、どう取り組むか。
正直「金のため」と割り切れば、大抵のことはやっていける。
と思っていたが、実際のところ自分は投げ出した。

この先、どうやって生きていくんだろう・・・
なぜ生きるか。
なんのために生きるのか。

とりあえずそんなことを悶々と考える時間はもったいないので、気づいたときに思いつけばいいとしとこう。
今は金のためにはなにもしていないけど、なぜかエネルギーはたっぷりと沸いてくる。
やりたいと思うことを、思い切ってやっていこう。

そういえば、トリビアの泉で、何年か後に「秋のゴールデンウィーク」が発生するってやってたような・・・
あれを見たときにはすごく楽しみにしてたなぁ・・・
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「駒ヶ根マジック」という言葉があるそうだ。
訓練所のある地名とマジックをくっつけただけ。
ちなみに同義語として「二本松イリュージョン」というのもあるそうだ。

なんのことかというと、協力隊の訓練を一緒に受けている人同士で恋に落ちるということなのだそうだ。
自分はほとんど予備知識なくここに来たのだが、協力隊の関係者の間ではもうすっかり浸透している言葉らしく、有名な言葉らしい。

なぜ「マジック」や「イリュージョン」なのか。
それは、いずれ消えてしまうから。
なるほど・・・
ここでうまく行っててもこの先は世界に散らばってくわけで、2年間はほとんど会うことはできない。
そりゃあなかなか厳しいね。
ただ、そのままゴールイン!なんてのもあるらしい。

2年間外国に行くと言うことを周りに伝えたとき、大半の人は自分が今後結婚できるのか、心配していた。
当然の心配だ。
戻ってくるころにはもう40歳目前なのだ。
「もう結婚はできないね」とはっきり断言する人もいた。
スリランカの現地人と・・・なぁーんて冗談だか本気だかわかんないことも言われた。
当然、同じ協力隊員と・・・とも言われた。
どれも自分をよく知っている人の言葉であり、可能性はゼロではない。

好きな相手と一緒に生きていけるということは幸せなことだと思うし、もしその相手と自分たちの家族を持つことができれば、もっと幸せなことだと思う。
というか、今までにない幸せを見つけたり、実感できたりするのだろう。
そういうことに純粋にあこがれているし、あきらめたりはしていない。
周りはそうは思っていないみたいだが・・・

ただ、大事なことは「いつ」とか「どうして」ということではない。
「だれと」ということだけなのだと常々思っている。
本当に好きになった相手であれば、いつでも、どういう状況でも、一緒になれればいいのだ。

マジックでもイリュージョンでも外国人でも自分や相手がいくつであっても、たいした問題ではない。
要は好きな人と一緒になれればいいだけ。
なーんてえらそうに言ってても、肝心の相手にそう思ってもらえなきゃなんにも始まんないんだよね。
いつかそういう機会が来るといいんだけど・・・
「24(トゥエンティーフォー)」「LOST」「4400」などなど、自分はちょこちょこアメリカの連続ドラマのDVDを見ている。
どれも好きなのだが、その中でも「プリズンブレイク」が結構好きだ。
元の職場に近い世界の話だが、全然似て非なるものなので、おもしろがって見ていた。

物語の中で、主人公は自ら刑務所に入り、脱獄を目指す。
しかもそれは、自分一人ではなく、同じ刑務所にいる兄と一緒に。
主人公はそのためにいろいろと緻密な計算を立てていたことが、物語の中で明らかになっていく。
またその段取りに取り組む様子が渋い(ん?死語か?)んだ、これが。
寡黙な雰囲気の中にも不思議なやさしさが見えたり、冷静で抜け目ない鋭さを見せたり・・・

投獄前に計画を立てているシーンで主人公は、部屋の壁一面にさまざまな情報をベタベタと貼り付けまくり、あれこれ思案していた。
そんな主人公のやっていたことをパクり、自分も部屋の扉に付箋を貼りまくって、単語や文法を覚えるようにしている。
画像 001


「ドラゴン桜」の勉強法は結構きちんとした理論に基づいていたが、こっちはまったく根拠はない。
単純に「マイケル・スコフィールド(主人公)」の気分になりきっているだけなので、ただの自己満足である。
幸いなことに、貼ってある扉が勉強している机からベット1台分離れているため、立ち上がらなければ見えないので、眠くなったりしたときの気分転換になっているとは思われる。というか思いたい。

今日一日は、リフレッシュを言い訳に勉強を後回しにしまくったので、これから取り戻さねば・・・
眠くなったらまた扉を見に行こう。


2008.04.25 単語暗記法
自分は「ドラゴン桜」というマンガが好きだった。
ドラマにもなりましたね。
全然勉強に縁のなかった高校生が短期間で東大合格を目指すって話です。
演出もあるだろうけど、自分的には画期的な考え方や勉強法が出てきたので、今の語学の勉強でチョコチョコ試している。

そのひとつに、「暗記は語呂合わせで覚える」というのがある。
「794(なくよ)ウグイス平安京」みたいな奴を、自分で無理矢理どんどん作っていくのだ。
元素記号やルートの値の覚え方なんか有名ですね。
とにかく、無理矢理でいいから関連性を持たせて自分なりの語呂合わせを作り上げる。
作り上げることさえできれば、忘れる確率は激減する。

シンハラ語の授業は日本語で言えば平仮名を覚えることから始まったので、曜日の言い方なんかも一から覚える必要があった。
実は最近、その中の「木曜日」を覚えるために作った語呂合わせのおかげで、自分はとんだエロキャラになってしまい少々へこんでいる。

シンハラ語での「木曜日」を片仮名で分かりやすく表すと・・・
「ブラハスパティンダー」
7つの曜日の中でも木曜日は非常に長く、覚えにくい。
「ダー」の部分は英語の「Day」みたいなもので、ほぼ共通。
問題はその前の部分である。

自分が苦心して作った覚え方は・・・
「ブラ(ジャー)をパチンとはずすのは木曜日」
「ブラ+ハ(ズ)ス+パティン+DAY」といった感じである。
ちょっと周りには言えなかった。
自分の語学クラスは先生と自分以外の受講者2名が女性なのだ。
が、自分的に「木曜日」の暗記はバッチリ。

他の曜日はもう少し簡単なので、それほど苦にせず覚えた。
講義の中で、自分が一番の難関である木曜日をあっさり「ブラハスパティンダー!」と答えたので、他の受講者から驚きの声が。
調子に乗った自分は・・・
「ちょっと言えないけど、忘れない覚え方考えたんだよね・・・」
と口走ってしまった。
すると、察しのいい一人から、「なんとなく分かった気がする・・・」と苦笑が・・・
「ブラを外すとか・・・?」
ご名答である。
こうなったら、もう暴露してしまって、みんなで覚えよう。
実は受講生3人はかなり和気あいあい、非常に前向き・協力的な雰囲気で楽しくやっているのだ。
(講師であるMノーナの力も大きい)
ということで、種明かし。
爆笑なのか失笑なのか判断しかねる反応だったが、講師のMノーナを含め、みなウケまくっていた。

休憩時間には隣のクラスのネイティブの講師Sパーラ先生や他のランカチームの4人にも知れ渡ることになり、自分は「木曜日にはブラをパチンと外すエロ野郎」というキャラに落ち着いてしまった。
Sパーラ先生は、授業中に自分を指名するときにシンハラ語で「ブラ・マハッティヤ」(ブラ野郎の意)と呼んでおもしろがっている始末。

今まで周りからはいろいろといじられながら生きてきたが、エロキャラは初めてな気がする。
ま、「木曜日」はしっかり覚えたので、よしとしておこう。
今日夜、ランカチーム8人(♂3♀5)+語学の先生2人(♂1♀1)で、初の飲み会でした。
ちなみにスリランカでは自国のことを「ランカ」と呼ぶそうです。
一応行く気満々なので、その気になって使っていこうと思います。

いろいろ一人でゆっくりしながら考えたいことなんかもあるんだけど、ここでは毎日どんどん新しいことを吸収できる機会が作られていく。
自分のキャパはもうすでに越えているのだが、積極性だけはなくさないようにしていきたいもの。
今日の飲み会も非常にいい機会になるだろうと期待していたが、期待通りであった。

同じ言葉を学び、同じ国へ行く人たち。
そんな自分たちに熱心にいろいろ教えてくれる先生たち。
(この先生たちの自分たちに接する姿勢は、非常に参考になる。そのへんは別の機会に・・・)
この広い世界の中で、わずか2000万人にも満たない人に使われている言葉をきっかけにめぐり合った人たち。

この偶然の出会いを大切にしたい。
久しぶりに飲んだビールはすごくうまかった。
「ダーウィンの悪夢」という映画を見ました。
訓練所の仲間がそういう機会を作ってくれました。
タンザニアのヴィクトリア湖に放流された白身魚「ナイルパーチ」
それが生態系を破壊し、ひいては世界平和も脅かしている・・・というドキュメンタリー。
自分はそんな映画全然知らなくて、ただの白身魚好きとして、軽い気持ちで見ることにしていた。
「風が吹けば桶屋が儲かる」みたいな感じ?
すごくいろんなことがつながっていて、結構衝撃的でした。

ただ、もっと衝撃的だったのは、「見たことありますよ」という人が大勢いたこと。
自分はまったくこの映画のことを知らなかった。
ということは、見たことある人は、自力でそういう映画があることを知り、すでにそういう世界の情報を知っていた、ということである。
自分のアンテナの低さを思い知らされました。

いろんな世界を見てみたい。
知らなかったことを知ってみたい。
そんな気持ちがあるのは事実だし、そのためにいろいろやっていくことはすごくおもしろい。
それが今ここにいる自分の原動力だ。
だけど、そうしなければ知れないことばかりではない。
世の中には身近なところにもいろんなことが起こっており、知るべきこと、知っておいたほうがいいことはゴロゴロしているのだ。

広い視野も大事。
足元や身の回りを見るのも大事。

振り返ってみると、自分は好き勝手やり放題で、家族がどんな風に自分のことを思っているかなんて、考えたこともない。
しかもそれは、高校の進路を決めるころからずっとだ。
決めたことだけ堂々と伝え、当然のように支えてもらっていた。
自分は家族の中では一番口が達者なので、家族はほとんど自分に何も言わない。
心の中ではいろいろ言いたい事もあるだろう。
今自分がここにいること、これからやっていくことは、家族にはまったくメリットはないのだ。

今までの人生、それほど大きな脱線もなく、偶然にも恵まれ無難に生きてこれた。
それなりの努力もしたが、あくまでもそれなり。
偶然安定した職にも就き、家族からはとやかく言われることはないだろうと、好き放題やってきた。
今こうして、仕事を投げ出し、一人勝手にやりたいことをやろうとしている自分は家族にどう思われているだろう。

30を過ぎたころから、「自力ではどうしようもないこと」や「がんばっても報われないこと」をいくつか経験した。
そんなことをいい歳になってから知ると言うのは、恵まれていたのだろうか。
家族に対して何もしてこなかった自分。
今は何もできる気がしないし、実際に何もできない自分。
「自分ではどうしようもないこと」を自分で作っていたのだ。
自分には、その非をきちんと受け止める必要がある。




「デング熱」という病気がスリランカではあるらしい。
語学教師であり、自分たちの先輩隊員でもあるMノーナ(♀)情報によると、日本人はかなりの確率でかかると言う。

語学は生徒3人のほとんど個別レッスン。
Mノーナいわく・・・
「二人は絶対にかかる。かけてもいい!」と自信満々。
かかったら最後、1ヶ月近くの入院生活を余儀なくされ、回復するころには数キロ(7キロとか)体重が減っているため、「デング・ダイエット」と仲間内では呼んでいたそうだ。
症状はというと、高熱が出てふらふらになって立てなくなり、一番の都会であるコロンボの病院に運ばれると言う。

ちなみに彼女たちの間では、コロンボに行くことを「上コロする」と言っていたらしい。
「上京する」にかけているそうだ。
ふむふむ・・・そいつはおもしろい言い方だ。

「デングにかかって、上コロする羽目になって、任地に戻るころにはすっかりデング・ダイエットの効果が出てるよ!」と彼女はかなり期待している。
聞いている3人はビビりまくっていたが、「上コロする」というのはなかなかおもしろいので、3人で使って広めていくことにする。
とはいっても、自分のクラスの他にスリランカに行くのは4人、隣の教室で話せばおしまいなのだが。

Mノーナの経験によると・・・
「スリランカに行けば、女の子はみんな太る。男の人は痩せる。順応性の違いなんじゃないかな?」
女の人のほうがあっさり食事に慣れるらしいのだ。
Mノーナの派遣当時の写真は確かに別人のようにふっくらしている。
今は細身長身ですごくかっこいいのに。

スリランカでは3食カレー。
カレーは好きだが、辛いものは得意ではない自分は、Mノーナの予想通りになる可能性十分である。
「ちょっと太ったんじゃない?」とここ数年言われ続けてきた。
そして、毎朝ランニングし、食事も腹八分にしているが、特に著しいダイエット効果は出ていない。
そんな自分には、スリランカの食生活、デング・ダイエットは願ったり叶ったり。

だが、そんな不健康なことで痩せてもいいことはない。
今のうちからきちんと運動・摂生し、しっかり適正な体重にしなければ・・・

そう思っていた矢先、日曜に多めに走り、チャリンコでブラブラしまくったおかげで太ももが少々肉離れ気味。
月曜より火曜朝の方が痛いというのは、いったいどういうことか・・・
百も承知である・・・

せっかく朝運動する習慣がついてきたので、朝はウォーキングをして回復を待つことに。
幸い夜には回復が実感できたので、また徐々に走ることにしよう。
2008.04.21 白線流し
「白線流し」
皆さんご存知のことと思います。
TOKIOの長瀬智也、シチューのCMの酒井美紀、ショムニの京野ことみなんかがまだあどけない雰囲気で出てて大ヒットでしたね。
なんて言いつつも自分はまったく見てなかったんだけど・・・
スピッツの「空も飛べるはず」が主題歌で印象的だったような・・・
高校卒業後の話も何度かスペシャルとして放送されていたそうで。

実はその卒業後の物語のラストで、長瀬智也はなんと青年海外協力隊員として、スリランカに行くっていうじゃないですか!
というわけで、今日ちょこっとそのDVDを入手。
シンハラ語を勉強しているみんなで見ました。

今自分がいる研修場所も撮影に使われており、長瀬智也がシンハラ語で自己紹介してるシーンがあって、みんなで超盛り上がり。
長瀬智也のシンハラ語でのたどたどしい自己紹介が、なんとなくだけど聞き取れたことになお感動。
毎日がんばってきてよかった・・・

ま、まだまだ先生たちのネイティブな会話にはついていけないけど、へこたれずにがんばる気持ちにさせてくれたDVDでした。
2008.04.21 表札
先週、語学の先生Mノーナ(♀)が、部屋に表札をつけてはどうかと勧めてくれた。
数日かけて語学の勉強の合間にこつこつ作っていたのが、今日ついに完成した。

高校では美術を選択していたものの、才能が皆無であることを自覚させられただけであった。
最近は、子供ウケを狙ってアンパンマンやバイキンマン、カレーパンマンなんかを描けるように練習したが、なんとかそれらしく見えるだけで、お世辞にもうまいとは言えない。
(その割りに子供と見ると描きまくっているが・・・)

当然この表札もパッとしない。
久々に描いたバボちゃんはかなり微妙だ・・・
だが敢えてここに公開しよう!
なぜなら、「シンハラ語」が描かれているからだ。
表札

2行目には「シンハラ」(シンハラ語という意味)と描かれているのだ。
今までブログでいろいろ書いてきたが、ついに実際のシンハラ文字大公開である。
みなさんのご感想・コメントをお待ちしております。

自分的にはこの手作り感にすっかり愛着が沸いている。
建物の構造上、自分の部屋の前の廊下はかなりの人数が通る。
明日朝から、みんながこれを見るだろう。

自己紹介や演習でちょっとやらかしてしまい、かなりDARKな印象を与えてしまっている(過去の経歴上)ので、少しは印象が変わってくれるといいんだけど・・・

ちなみに緑の部分はスリランカです。
(インドの下にあるように描いています)
って説明しないと絶対わかんないよな・・・


ホームページの「THINKING」に「出所」を追加しました。
見てみてください。

http://kei-sa.com/thinking2.html
2008.04.17 ラジオ体操
自分はラジオ体操にはちょっとうるさい。
かつての職場でかなり厳しく指導していたのだ。
毎朝の全員でのラジオ体操では、一言口をはさみたくなってしまう。
一応「職業病」だと思っている。

今日は講義の中でラジオ体操の指導が予定されていたので、非常に楽しみにしていた。
ラジオ体操だけでどれだけ時間を持たせるんだろう・・・?

受けてみて、プロとして指導している人のすごさに舌を巻くばかりであった。
体操の技術もさることながら、そのほかの内容、それらの展開、それを進める話術。
非常に刺激的であった。
あっという間に講義は終わってしまった。

何かを教える人にとって大切な要素がなんなのか、改めて考えさせられた。
そして、自分の体の硬さもしっかり考えさせられた。
「鋼(はがね)の肉体なんです」とごまかしてきたが、少々改善の必要性ありである。

2008.04.16 シンハラ文字
スリランカのメインの言語は「シンハラ語」
ここには世界中に飛び出す人たちがいるので、いろんな言語が飛び交っている。
ベンガル語、ネパール語、ロシア語あたりはややマイナーだが、結構言語があることは知られている。
(自分はほとんど知らなかったが・・・)

シンハラ語はその中でも一番マイナーなようである。
全員が見る掲示板にみんなそれぞれの言葉でちょこちょこあいさつなんかを入れているので、自分もちょこっとシンハラ文字を入れてみることにした。
まだ日本語で言う50音、平仮名を覚えている状態なので、たいした単語は書けないが、一応4文字書いてひそかに反応をうかがっていた。

掲示板前は情報の宝庫なので、よく人だかりになっている。
「なにこれ?」
「何語?」
「記号?暗号?」

ごもっともである。
とりあえずまだ自分のPCにフォントすら備わっていないので、ここに出せないのが非常に残念だ。
ぜひ近日中にお披露目したい。
とにかく文字には見えないのだ。
特徴としては、とにかく丸い。
曲線ばかりの、一筆書きが中心。
世界でも有数の丸文字らしい。

カエル、ネズミ、蚊、笑顔、横顔、数字の6・・・
すごいのになると、パックマンのモンスターやスーパーマリオの「メット」
どう見てもそんなふうにしか見えない。
みっちり練習しているせいで、最近は日本語を書くときの文字が丸くなってきた気すらする。
おかげで徐々に読み書きができるようになってきた。
すると、なんだか丸々とした文字がかわいく見えてきたから不思議なものだ。
幸い表音文字(平仮名のように見えたとおりの発音しかしない)ので、組み合わせによって読み方の変わる英語なんかよりは読みやすい。
そして漢字やカタカナ的なものはない。
ただ、読めてもまるっきり意味が不明。
こんなんで大丈夫なんだろうか・・・

ちなみに明日は動詞のテストである。
勉強しなくては・・・



スリランカに行ってバレーを教える・・・
とはいっても、具体的にどんなことをするのか。

今回自分が決まった内容は、簡単にまとめると・・・
「4つの県にそれぞれあるジュニアの男女の選抜チームを半年ずつ巡回しながら指導する」
というものだ。

実はスリランカではバレーが「国技」なのだ。
(この要請書で見て初めて知った)
自力で下調べした限りでは、体育館は少ないものの町対抗のバレー大会が結構レベルが高かったり、きちんとしたランク分けされた大会(J1・J2的な感じのもの)もあるらしい。
自国より強い国から技術・練習方法などを指導して欲しいといったところのようだ・・・

今までにも日本から何人も派遣されているので、先方の目もすでに肥えているだろうし、要求される水準も高いかもしれない。
やれるだけやって、自分にも、先方にも充実した2年間にしたいと思う。
2008.04.13 初休日
今日は初めての休日。

買い物に行こうと自転車に乗った。
すると・・・
ほとんどペダルを踏まずに市内に到着。
要するに今いる場所はちょっと高いところにあるのだ。
目当てのものをうっているような店が見つけられず、しばし街中をブラブラ。
中学校で野球の試合をやっていたのでのんびり観戦。
おそらく体育館では女子バレー部あたりがやっているだろう。
ひょっこり入っていって混ざってみようかとも思った。
それぐらいの積極性がなくてこれからどうする!?
だが、今は不審者が学校内に来たと通報されかねないご時世なのであっさり断念。
昼食のため戻ろうとしたところ、予想はしていたが、すべて上り坂・・・
非常にきつく、途中からは歩いて自転車を押していた。
もう二度と自転車で出ることはないだろう・・・

午後からは同じ班の班長と徒歩で散歩に。
班長はかなり年下なのだが、それを感じさせないルックスを上手にアピールしながら場を盛り上げてくれるなかなかのツワモノ。
一人でうろうろしている自分にわざわざ声をかけてくれたのだ。
実はゆっくり話してみたいと思っていたので即OK。

いろいろな話をした。
これから、こうやっていろいろな人と話していくのだろう。

海外を見る前に、まずは自分の周りの人たちをよく見て、話をしてみよう。
きっといろいろ知らない考え、生き様を知ることができるはずである。
朝のランニング。
全員参加と思いきや、なんと任意参加!
なのに、結構走っている人は多い。
中にはかなりのツワモノも・・・
自分なら1時間はかかる距離を毎朝走っている人がいたりするのだ。

一応、毎日夜な夜な語学の復習に励んでいるので、朝は少しでも寝ていたい。
かつての職場の研修で全員参加だった苦痛を思い出すと、敢えて走らないでやろう!
任意参加と知った時点であっさり固く誓っていた。

ところがである。

自分がバレーボールの指導に行くということは、常時着けている名札に書いてあるので、すぐわかってしまう。(ま、隠すつもりもないのだが・・・)
初対面で話しかけるきっかけは、この名札ネタが一番なので、
「バレーやってるんですね!やっぱりきちんと運動してるんですよね?」
「私もバレーやってました!今度みんなでやりましょう!」
「これから教えなきゃならないんで、どうしたらいいか教えてください!」
とにかく「当然スポーツマンなのだろう」という反響が大きい。

ただ、自分は「へなちょこバレーボーラー」なのである。
任意参加のランニングを率先して拒否るくらいなのだ。
そのことをちらっと話すと、そーっと引いていかれているのがわかる。
(なんだ・・・ちゃんとバレーやってるわけじゃないんだ・・・)

ま、別に周りの目を気にする必要はないのだが、同じ班になった人や、仲良くなった人からそう思われるのはちょっとよろしくない。
顔見知りが増えれば増えるほど、そういう気持ちは増大していく。
そして、なによりもきちんとランニングすれば絶大な効果があることはもともと百も承知なのだ。

そう思うと、なんだかかつての恨みを晴らすかのようにムキになって拒否しているのも馬鹿らしくなってきた。
一応、前向きになってきたということなのだろうか・・・
というわけで、3日目の朝にしてあっさり拒否終了。
6時過ぎには起きて走り始めた。

周囲を3000メートル級の2つのアルプスに囲まれ、標高900メートル近いこの場所は非常に自然豊かで、朝走るのは想像以上に気持ちのいいものであった。
なんだか続けていきたくなってきた。
ちょっとがんばってみようかと思う。
少人数での本格的語学をはじめ、内容盛りだくさんの日が続く。

そんな中、自分にとって強烈に話しかけたくなる人を発見!
なんとその人、自分と同じバッグ使ってる!
そのバッグは親亀バッグから取り外された子亀バック。
ここの「BAG(L)」です↓
http://kei-sa.com/item1.htm#bag%20ll

何はなくとも話しかけねば・・・
教室移動の際に見つけて即声をかける。
彼も驚いていたが、彼のバッグは子亀バックこそ同じサイズだが、親亀バックは自分のより一回り大きいのを持っているという。
「すごく重かったです・・・」
そりゃあそうだろう。
彼のは70+αの容量なのだ。
しかも彼は自分より少々小柄だ。

帰るまでに一度並んで(並べて?)記念撮影してもらおう。
「自分という人間」
これは自分がかつての仕事の中で、よく子供に考えさせていたことです。
一応「先生」と呼ばれていたので、えらそうにそれをあーでもないこーでもない話の種に子供と接していました。

今回久々に目的・規則・期限のある集団生活に入り、自分以外の大勢を目の当たりにしている。
「やる気」を持って動いている人間のエネルギーの強さはすごい。
周りにはただただ圧倒されるばかり。
けっして自分にやる気がないわけではないのだけど、出会い頭からビュンビュン飛ばしていけるほどの度胸はない。

自分と周りの違いはなんだろう・・・?
そんなことを思いながら、いろいろと探り探りに話をしている自分。
自分は根本的に中身の軽い方だと思っているので、出足は慎重に行きたい。
でも、大半の人たちはガンガン行っている。
あまりの多数の勢いに飲まれ、少々疲れているかな・・・
自室に戻ってゆっくりしようとしているのに気づく。

自分はそういう一人でゆっくりする時間がものすごく大事な人間のつもりでいる。
けど、もしもそんな殻を破ることができれば、少しは成長したと思えるのかもしれない。
いやぁ・・・ちょっとできそうにないな。
ま、周りに左右される必要はないし、マイペースで行っとこう。

こういう楽観的なところが、結構大事なんじゃないかと思うことにしよう。
自分で選んだ道なのだから、自分のペースで行けばいいのだ。多分・・・

今日は語学の試験がいきなりあったが、想像以上にできなかった。
こっちのほうはマイペースなんて言ってられないので、がんばらねば。
こちらはなによりも大事なことであり、楽観視している場合ではないのだ。
そのへんの線引きがあいまいで、つい楽な方に向かうところは自分の重大な欠点である。
接してきた子供たちとなにも違いはない。


2008.04.09 訓練初日
朝、突然フロントから電話が来た。
「時間があるので、市内を案内しますよ。他にもJICAの研修に行く人がいるんで一緒に送って行きます」

ん?そんなことただでしてくれるの!?
一緒に研修に入る人とも知り合えるだろうと思い、参加してみることに。
おじいさんがマジェスタ(初めて乗った)を運転して、近場の観光名所をさらっと回ってくれた。

一緒になったのは沖縄から来た女性・Kさん。
保健士として南米方面に派遣になるそうだ。
ちょっとおとぼけなおじいさんの案内で結構なごみつつ訓練所へ。

受付時間より30分ほど早かったが、すでに結構な人だかりが。
よく見ると・・・
・・・女しかいない!!

非常に居心地が悪いので、しばし付近を散策。
おじいさんいわく「3000メートル級のアルプスに囲まれて、スイス(かつておじいさんはいたことがあるそうだ)の風景とよく似ている」という駒ヶ根市。
訓練所周辺は自然でいっぱいである。

受付予定時刻に戻ると男女とも大勢になっていて一安心。
受付後は終日オリエンテーション。
ざっと200人オーバー、6,7割くらい女の人かな。
最後に20人程度の班に別れ係活動を分担した。
普通、押し付け合いになって折り合いをつけながらやむなく決定・・・って感じになるだろう。
けど、こういうのに自分から来る人たちの中には立候補するような人も少しはいるかもな・・・
そんな予想をしながら、しばし様子見。

なんと自分の予想を上回り、係はすべて立候補で決定。
班長なんて0.5秒で決まってしまった。

その後全員でいっせいに食事となったが、みなどんどん周りに話しかけている。
食堂全体が騒々しくて大変だった。
こういう人たちが世界に飛び出してボランティアしようって思うんだ・・・

感心させらた初日であった。
一応自分もそれなりに周囲と接触。
どんな風に見られたんだろう・・・

2008.04.09 駒ヶ根到着
寝ると起きれないと思い、朝まで歌った勢いでそのまま引き払うアパートを最終チェック。
荷物を整理していると、妹から「天気悪くて飛行機欠航してるよ」との情報が。

遅刻なんて絶対したくないので、できるだけ早く訓練地の長野県・駒ヶ根市に近づこう。
慌てて出発すると、幸い飛行機は空席があった。
2時間遅れになって昼過ぎ出発になっていた便をゲット。
ただし、「悪天候で引き返すか、名古屋に向かう可能性もあります」とのこと。
それはそれでおもしろいと思ったが、訓練くらいはトラブルなく行きたい気も・・・

機内では案の定爆睡。
羽田に到着したら、到着予定時間をかなりオーバーしていたので、着陸できずにウロウロしていたのだろう。
寝ていたのが幸いし、余計なドキドキは味わあずに済んだ。

天候不良が見込まれたので、一気に駒ヶ根まで行くことにする。
新宿からは高速バス。
トルコのバスを思い出したが、そんな感慨に浸ったのもほんの一瞬。
即爆睡で、気がついたら降りるバス停直前だった。

宿泊は駒ヶ根駅前のホテル「モルゲンロート」
感じのいいおばあちゃんが気さくに話しかけてきたので、ちょっとトーク。
JICAの訓練で来たと話すと、翌日のバスの時間を知っていたり、壁の世界地図はJICAでくれたと教えてくれたした。
地元ではJICAが訓練していることはかなり認知されている印象だった。

夕食に入ったお好み焼き居酒屋(!?)も非常においしく、今回はこれといったトラブルなく、順調に目的地に入ることができた。
激励のコメントもいただき、明日からの訓練にも気分良く臨めそうである。
2008.04.08 いよいよ訓練
土曜日、チームのメンバーが送別会をしてくれた。
今年度、自分ともう一人がそれぞれの新天地へ旅立つ。
皆、ブログを見ていてくれて、きちんと生きて帰れるのか心配してくれたり、おもしろおかしく励ましてくれたり、ホントにありがたい。
一人旅で一線を越えた話や、今後の予定、スリランカ事情などなど、楽しく話した。
メンバー全員が集まれなかったのは残念だったけど、帰ってきたらまた会える。

チームの運営が簡単ではないのはよくわかっているのに、自分の勝手でいなくなってしまい迷惑をかけてしまうが、まだまだがんばって欲しいと願っている。
やはり自分の帰ってくるチームは今のチームだから。

日曜日には、終日引越し作業に当たった。
わずか3ヶ月しか暮らさなかったレオパレスだが、一人で荷物整理するのはなかなかハード。
月曜に姪っ子(5年生)に助っ人に来てもらい、ようやく片付いた。

片付いたのをいいことに、夜には送別されたもう一人を誘ってカラオケに行ってきた。
ざっと6時間オーバー。
よく二人で・・・と思われるだろうが、実は今までにもちょくちょく同じようにやってきており、
「ほんとに、お互いよくやるなぁ・・・」と二人であきれ果てて終了。
といっても、閉店になったから出ただけで、もし24時間営業の店だったら・・・と思うと、ぞっとする。
店を出るともうすっかり朝。
一旦アパートに戻り忘れ物などを最終チェックし、ブログを書き込む。

徹夜明けなのに、なぜか不思議と目が冴えている。
理由は明らか。
いよいよ水曜からは長野・駒ヶ根市での事前訓練に入るからだ。
不安はいろいろあるが、期待もあり神経が昂ぶっているのだろう。

自分の好き勝手で選んだ道だが、応援してくれる家族、友人たちにはいつかなんらかの形で恩返ししたい。
なにができるか、それはこれからスリランカへ行って何ができるか、と同じで自分しだいである。
いろいろな経験を経て、家族や仲間、そしてこれから出会う人たちにいい影響をもたらすことができるようになれるといいんだけど・・・

とりあえず、この3ヶ月、仕事もせずにブラブラ過ごし、いかに自分がダメ人間であるかはよくわかった。
少しはしっかりしなくては・・・
まったく具体的な考えはないが、気構えだけでも持っておこう。

一応前向きな気落ちはしっかり持っているのだが、実は月曜朝に友達が、新聞に「スリランカでテロ・40人死傷」という記事があったと教えてくれた。
ほんとに行けるのか・・・
前途多難である。
いろいろ調べると、イメージどおりカレーメインらしい。
そして「世界一辛い」という。(ほとんどの情報源でそうなっている)
実は食べないというわけではないのだが、辛いものがちょっと苦手である。

どうしよう・・・

自分が海外へ旅していつも思うことは、「食べ物がおいしい」ということ。
でも、日本にいて同じものを食べたら・・・
きっと脂っこいとか、甘すぎ、辛い、とかいろいろ言うような気もする。
でも、現地ではいつ何を食べても、ほぼおいしくいただける。

なぜか。
自分なりに考えてみると、「味への期待感」がポイントのようだ。
日本なら、名前でだいたいどんなものが出てくるか見当がつくので、味もほぼ見当をつけて期待している。
それをクリアできるものなら、あらためて「おいしい」
この期待感は極めて一方的で、こっちの都合のものだ。

海外では、名前が読めない(読めても意味がわからない)ので、その見当がつかないのである。
そこで、自分は「どんな味か」ということに対し、幅広く(見当がつかないので無制限に)見当をつけているのだろう。

タイで食べたトムヤムクンはすごくうまくて辛かったが、ひょっとしたら、日本で同じものが出てきたら、辛くて余すかもしれない。(実際にうまかったので、そうでもないかもしれないが・・・)

トルコのフェリー乗り場で試食させてもらったお菓子はめちゃ甘でうまかった。
「おいしい」はなんとかトルコ語で言えた。
が、店員から不思議そうに・・・
「日本人はみんな好きといわない。甘すぎるという」と言われた。
確かにそうだ。
自分も日本にいればそうかもしれない。

昔、さんまを焼いて出されたとき、中の苦い部分(はらわた?)を丁寧に取り除いて出してくれているのに、「あそこが大事だ」などと不満を言ったことがある。
焼いてくれた人は傷ついていた。

友達の一人は、映画「ベイブ」を見た後、「かわいすぎてもう豚肉は食べられない」と1年間肉を断っていた。

食べ物に対する考え、味覚は千差万別、十人十色。
仕事を辞め収入のない今、食費が常に自分の全財産を削っているのかと思うと、余計に出てきたものは大事にしたい。
そして、作ってくれる人への、殺されている生き物への感謝の気持ちも持つべきだと思う。

こちらの勝手な好みに合うかどうか、ではなく、どんなものでもおいしくいただく。
幸いなことに、好き嫌いなく親には育ててもらっている。(多少辛いものが苦手だが・・・)
いつでも、どこでも、なんでもおいしく食べよう。
きっと世界一辛いカレーもおいしく食べられると思う。

ちょっとスリランカの食事情報とは違う内容になってしまった・・・
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