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2008.03.31 一線を越える
帰国して三日。
どうも眠くなる時間がおかしい。
どうやらこれが時差ボケってやつか・・・
その中でも何人かの友達と会うことができ、いろいろな話をした。
そこでは聞いてもらったのだが、まだブログに公開していなかったことがある。

それは、世界中の誰もが毎日行うことについて。
自分がスリランカに行ったときには、必ず直面する大問題。
トイレに入ったとき「紙がない」ということだ。
要は手で拭くということである。
日本に育ってきた自分には、これは非常にハードルの高いことだ。
過去の経験者もそのへんでかなり苦しんでいる。
4日耐えたという人もいた。

トイレで大きい方の用を足した後、紙を使うか、使わないかで、おそらく世界は二分される。
「食事は右手、トイレは左手」なんて外国の話を知っている人も多いだろう。
紙がないから手で拭くというのは、正確には、水を使って手で洗うということだ。
実はスリランカがそうなのだ。(都会は別らしいが・・・)

タイに行ったときには、しっかり目をそむけてきた。
「いやぁ・・・やっぱり俺にはできねぇな・・・」と持参した紙を使っていた。
しかし、トルコ式のトイレ(ほぼ日本の和式)でもぶつかる問題であることは事前に知っていた。

せっかく旅に行ったのだから、その土地の文化を体験しなきゃ・・・と思う人は多いはず。
自分はスリランカには2年は滞在する予定なので、体験どころか、普通に生活していくのだ。
文化になじめなければ、苦しいだけだろう。
だとすれば、自分はトイレにいちいち紙を持っていくわけにはいかない。
「手で拭く」という一線を、いつかは越えるべきなのだ。
トルコのトイレは個室内の低い位置に水道の蛇口と水入れがあるというので、なんとかすぐに手を洗える。
いい機会である。
(もう少し条件の悪い国になると汲み置きの水になるらしい)

ただ、宿や空港のトイレは洋式で紙があったので、そこでは越えられなかった。
やろうと思わないことはなかったが、できなかった。
やはり相当な覚悟が必要だ。

トルコ到着から一夜明け、イスタンブール市内をブラブラ。
小さなデパートっぽいところの公衆トイレ。
チップを払って入場。
それは敢行された。

コトを済ませた直後の出口がどうなっているか。
今までは知らなかった。
手で拭くことで、初めてわかったこともあるが、それはちょっと説明が難しいので省く。

手で拭く国の人は「紙で拭いて何がきれいになるのか。かえって不潔である」と思っているらしい。
日本では考えられない考えだ。
だが、その国では常識なのだろう。

どちらが正しいかは問題じゃない。
ただ、自分はどちらも知る機会を得られたのだ。
それはきっと恵まれたことなのだ。
かくして自分は、日本人には越え難い一線を越えた。
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2008.03.28 羽田にて
無事に帰国。
羽田での空き時間にブログ準備。

日本の電車の正確さ、乗り継ぎの複雑さ、成田と羽田の交通の便の悪さに改めて驚く。

帰りの飛行機では映画をみたり、本を読んだり。
今回の旅はバスの移動がメイン、船が少々という感じだったので、乗物酔いを恐れて、まったく読書が進まない旅であった。
今回持っていったのはお堅い本、井上靖の「孔子」
10年以上前のベストセラーだったような・・・
たまにはまじめな本でも・・・と色気を出してみたが・結局進んだのは帰りの飛行機の中のみとあって、今後おもしろくなってくることを期待したい。

いよいよ来月には北海道、札幌を離れる。
戻ったら準備しなければ・・・
会えなくなる人にいろいろあっておきたいし。
自分の思っている以上に、心配してくれたり、気にかけたりしてくれる人がいてくれるというのは、本当にありがたいことだ。

検察庁から留守電が入っていて、年末の事故の罰金が決まったとのことだった。
結構な金額だ。
多少ダメージではあるが、払ってしまえばほぼ終了。
前向きに次へ進もう。
アテネの空港に深夜2時すぎにバスで到着。
早朝5時過ぎに出発し一路日本へ・・・
とその前に乗り継ぎあります。

今回はKLMオランダ航空のため、オランダの首都アムステルダムで乗り継ぎ。
途中降機不可のチケットなので、外に出られないと思っていたが、トルコで一緒になったM君が・・・
「そんな制限あるんですか?僕は前にどっか行く途中に中国経由したときあっさり出られて街見てきましたよ」
というわけで、知らん顔して出てみることにしていた。
くるときは空港でほとんど時間がなかったが、今回は7時間もあるのだ。
ただし、寄る予定はなかったのでガイドブックも知識もなにもない。

空港はいたってあっさり出られて、拍子抜けだった。
パスポートをみせたかどうかも覚えていないくらいだ。
トルコの空港は入国のときの審査もほとんどなく、タイのときのような入国カードも不要だった。
今回の旅ではそういうわずらわしさがほとんどなかった。
スリランカもこうならいいのに・・・
テロがあるくらいだからまず無理だろう。

とりあえずメインとなる駅へ出ようと、空港の駅を目指す。
行き先を見るとアムステルダムという駅がいくつもあるじゃないですか!
アムステルダムなんとかって感じの駅がいっぱい・・・
時間もないので、半分あきらめ気味に「CETER」的な単語の入っている液を目指すことに。

ここで難問が。
切符の自動販売機が紙幣が使えない!
クレジットカードで買おうとしたら、暗証番号が必要で、それはロッカーに荷物の奥深く・・・

右往左往しながら、ようやく切符ゲット。
ホームに着いたらベルが鳴ってたので、一か八か適当に乗ってみる。
どっちに向かっているのかすらわからない。
近くの人に聞いたら、「残念でした」的に笑っていた。
しかも旅行者だったらしく、そこに行かないということはわかるが、そこへの行き方はわからないという。

とりあえず隣の駅で降りて再び聞いてみる。
親切な奥様が、きちんと教えてくれ、戻って乗り換え、無事大きな駅に到着。
ここまで大きければ、中心になる駅に違いない。

本屋で英語のガイドブックを調達。
ただし、目的地も何のない。
駅を出るとかなりの栄えっぷり。
ひょっとしたら・・・
探すことにしました。「ナイキのバレーシューズ」
アテネと同じ感じで人に尋ねまくる。
次から次へと新情報を得ながら突き進むも、結局ない。
3店以上回り結構なアドベンチャーだったが、アテネと同じ様な感じだったので詳細は省略。
VOLLEYBALLは、「ヴォリボ」的に言わないと通じませんでした。
アムステルダムスポーツショップ1

アムステルダムナイキショップ

アムステルダムスポーツショップ2


アムステルダムは水路だらけ、建物はやたらと古くそうで重厚感たっぷり。
何がなんだかわからないので、とりあえず適当に写真に収める。
日本人観光客もちらほら。アテネ市街よりいるな。
駅前の売店はなんと「Kiosk」だった。
画像 626

アムステルダムの町並み
画像 613

アムステルダム中央駅
アムステルダム中央駅


変な大道芸人がいたり、ノリノリの路上ライブ野郎はオランダだけに、サッカーのダービッツ(!?)みたいに見えた。
短い滞在だったが、なかなか充実したアムステルダムだった。
大道芸人?

路上ライブの兄ちゃん


再び空港に戻ると、大発見!
「CASINO」だ!

1枚10ユーロの高額コインでしばしブラックジャック・・・
楽しみました。50ユーロ分・・・
こっそり降りたつもりだったので、再度搭乗するのはちょっとドキドキしたが、まったく問題なかった。

いよいよ最後の長時間フライトを経て日本だ。
バレーシューズをあきらめ、アクロポリスへ向かう途中でランチ。
陽気な親父が話しかけてきた。
「サムライ!味はどうだ!?」
「お!その時計、G-SHOCKだな!高いだろ?頑丈だろ?」などなど。
後から来た女の子集団にもちょっかいだしてて、なかなかおもしろい。

その後、やたらとG-SHOCKに興味を示してくる。
実はお気に入りのG-SHOCK、この旅行中にちょっと壊れてしまっていた。
もう10年以上愛用してきたのだから無理もない。

そのうち売ってくれと言い出した。
30ユーロでどうだ?という。
全然オッケーなのだが、壊れているものは売れない。
強いということを期待しているのだから。
断ったが、おもしろい親父だったので記念撮影。
アテネの親父

店を出ると親父が若い店員を連れて呼び止めてきた。
「こいつがほしいって」
壊れているので水に入れられない、となんとか説明するとあきらめていたが、今度は頼む、と言っていた。
ふむ・・・
黙って売ろうかな。
こう思いながらも売れないあたりが自分の度胸のなさであろう。

アクロポリス。
ひとことでいうと眺めのいい公園みたいな感じです。
眺めがいい・・・ということは高いところ。
登ります。
疲れました。

神殿のでかさ、てっぺんからの景色、周囲の遺跡、見る価値はあるでしょう。
ただ、修復中のものが多く、巨大クレーンや足場が丸出し。
近代文明と古代文明の競演です。
改修中パルテノン

神殿ならアテネを望む

アクロポリスからアテネの街を眺める(全方向が見れます)と、少し離れたところにもうちょい高い山が。
地球の歩き方(ガイドブック)によるとどうやら登れる丘らしい。
途中からケーブルカーが出てて、地中を走るという。
それは乗ってみなくては。

地図を確かめながら麓から登り始めるが、一向に駅がない。
登り続けると頂上は近づいてくるがヘロヘロ。
自分の足で登ることにあまり価値を求めていない、というかいろんな乗り物に乗ってみたいほうなので、ケーブルカーに乗ることにこだわっていた。

降りてきた登山しそうな格好のかっこいいおばさんに「ケーブルカーはどこ?」と聞いてみると・・・
「△×○■△×○■!・・・use your muscle!」とちょっとむっとしている。
??自分の力で登れって!?
自力で探そう・・・

途中休んでいた西洋系の兄ちゃんにも聞くがわからないと首を振る。

なんだか知らないうちに頂上が近づいていた。
もう相当へばっていたが、とりあえず登ると、ケーブルカーの駅に到着。
頂上のほうの駅でした。

もう少し上まで行けるようで、行ってみると・・・
絶景です。
アテネで一番高いところらしい。
疲れも吹っ飛びました。
降りるときにさっきの兄ちゃんと遭遇。
自分の表情を見て「よかったかい!?」とにっこりしてきたので、笑顔で応えてました。
ほんとは写真よりずっといいです。
雲の切れ間から日が差してたんだよね・・・
丘の上から


麓のカフェのいかした兄ちゃん。ポーズとってくれました。
麓のカフェの兄ちゃん

飲み物とお気に入りのG-SHOCKとサングラス
シェイクと・・・


帰りの路上で絵を売っていたブルキナファソ人と絵(すごくきれいで買いたかった)
絵を売る黒人

売っていた絵


いよいよ帰国である。
いよいよ最終日。
考古学博物館とアクロポリスを回るためいつになく早起きした。
そしてなによりも、昨日の発見を確かめにいくのだ。

自分はここ数年来、「ナイキのバレーボールシューズ」を捜し求めていた。
海外ネット通販で買ったこともあるが、いまいちピンとくるものがなかった。
それが昨夜、まちがって降りたバス停から宿に戻る途中、テレビでCMをやっていたスポーツショップを見つけたのだ。

昨夜から効率よく全部回るルートを考えてあり、朝食を食べながら、自分の頭はシューズのことでいっぱいだった。

一番早く入れそうだったの考古学博物館からスタート
行ってみると、とてつもなく広い!
2時間以上かけて山のような量の石像、器を見てしばし感動。
アテナ像

馬に乗る少年


疲れ果てていたが、次はスポーツショップ「INTER SPOT」
どうしても足取りが速くなってしまう。

店に到着。
中に入ると・・・
ある!・・・がない!
アシックスものはあるのだが、ナイキはない!
GEL SENSEI 2 と GEL ROCKET
GEL SENSEI 2

GEL RPCKET

MIKASAは激高ですが、昔のツルツル革。PRO TOUCHはいい感じでした。
ボール

店員に聞いてみる。
すると「モナスティラキにも店があるよ」
駅の名前を覚えるだけで精一杯で、店の名前を聞き忘れたが、ナイキの店があると言ったような・・・
モナスティラキならすぐそばだ。
予定にはないが、行かないわけにはいかない。

モナスティラキでアウトドア系の店を見つけ、ずうずうしく「スポーツショップを探してるんだけど・・・」
親切に「角にあるよ。INTER SPOTが。」
ゲゲ!
さっきと同じ店かよ!
まあいい。
行ってみよう。
あっさり見つかり入店。
なんと!
さっきの店より種類がないじゃないですか!

しかたがない。あきらめよう。
この後の予定もあるのだ。
最初の店の兄ちゃんに自分の希望がうまく伝わらなかったなら、自分の責任だ。
伝わってたのに同じ店を紹介されたなら、運がなかっただけだ。
ま、一応ここでも聞くだけ聞くか。
「I am looking for volleyball shoes.But,It is not ASICS.I want NIKE.」
「ここにはこれしかない」
そんなことは承知の上だ。問題はその後だ。
「Do you know other shop?」
「そこのとおりをまっすぐ行くと「NIKE SHOP」があるよ」
なにぃー!?
半信半疑の顔をしていると、「ついて来い」
店先で身振り手振りで教えてくれたが、「Go straight!」ばかりいうので、要はこの通り沿いのようだ。
ありがたい。
礼を言い、これでなかったらもうだめだな・・・と、歩き始める。

日本にも「NIKE SHOP」はあるし、ネットでアメリカのショップも調査済み。
どちらにも製品はないのだ。
ただ、月刊バレーボールのセリエAの小さな記事では、ちらちら履いているのが見えるのだ。
同じヨーロッパのギリシャなら・・・フェリーも運航してるし・・・

ドキドキしながらショップを発見!
もううれしくてたまらなかった。
入ってみると、ここへきて問題発生。
店員はなんと黒人!
自分は黒人と話したことはないのだ。

しかも店内にバレーシューズは明らかにない。
ビクビクしながら、英語で尋ねると・・・
「ごめん。ないよ・・・」
がっかりしていると、「INTER SPOTならあるかも・・・」
2軒も行きました・・・
やはりイタリア本土へ乗り込むしかないのか・・・
ビーチバレーのボールはありました。
ナイキショップのボール


まあいい。
気を取り直してアクロポリスでパルテノン神殿を見よう。
2008.03.26 ギリシア初日
そろそろなんかやらかんすんじゃないかというコメントもある中、無事にアテネへ。

シンタグマ広場という中心地に地下鉄でくると、どうも様子が変だ。
時々町中にサイレンが鳴り響き、広場のあちこちに立ち入り禁止のテープがある。
テロでもあったのか・・・!?
その割には市民は至って穏やかな雰囲気。
なんなんだ?

宿を探しに歩き始めると、軍服に銃を構えた人や警官が道路にズラリと整列している。
ん?なんかのパレードか?

軍人・男

軍人・女


よく見てみると朝九時を回っているのに店はほとんど閉まっている。
とりあえずあたりをつけていた宿に行くとサフランボルのヤースミンと同じように、生まれたばかりの子供を抱いたお母さんが応対。
朝食付35ユーロ。
相場の範囲内で、広場からも近いので即決。
その名も「アクロポリスホテル」
パルテノン神殿のあるアクロポリスまでも徒歩圏だ。
といっても、アテネの見所はほとんど徒歩圏であるため、どこに泊まっても立地的な大差はない。
アクロポリスホテルの子供とお母さん

宿のお母さんに、何かあったのか尋ねると・・・
「国民の祝日、独立記念日です。パレードがあって、そのうち飛行機も飛ぶよ」
ほほぅ・・・

部屋でテレビをつけると案の定その光景が流れていた。
ちょっと嫌な予感がする。
今日明日でアテネの見所を全部回るつもりだったので、シャワーを浴びて慌てて出発。

休みだったりしないか・・・
しかも宿でネットができるか聞くの忘れた。
まあ、あんまり新しい感じじゃなかったから無理だろ・・・
ネットカフェで済まそう。

パルテノン神殿のあるアクロポリス、ちょっと離れたゼウス神殿。
全部歩いて行けたけど、閉ざされた門の前から眺めるだけ・・・
予感的中。
お休みでした。
ブログ更新しようとネットカフェへ行くが、メモリースティックが読み込めない。
しかたなく郊外にある夕日で有名なスニオン岬へ2時間バスに揺られていくが、夕日は見えるが、そこの遺跡も門の外から眺めるだけ・・・
スニオン岬の夕日


帰りのバスではのんびりしてたら終点まで行ってしまい、場所がわからなくなっていた。
気を取り直して、ガイドブック片手にネットカフェを探しながら宿を目指すが、見つけたネットカフェは、日本語不可が1軒、休みが1軒、終了が軒。

宿に戻ってネットができるか聞くとできると言われる始末。

派手な失敗はなかったが、いまいちぱっとしない日だった。

ただし、ちょっと重大な発見あり。
明日確かめに行く。

いよいよあさっての早朝5時には帰国である。
2008.03.26 フェリーの朝
大型フェリーの一番安い席の床に雑魚寝していたら、朝5時に夢を見て目が覚めた。

夢の中で自分は、一番最初に勤めていた少年鑑別所で夜勤をしていた。
朝になり、入っている何人かの子供の朝食を下げ、事務所に戻る。(子供の中の一人は馬が合う子であったが、少年院に送られ、その後刑務所で再会した)

気のいい後輩が「ちょっと問い合わせが・・・」と苦笑いしている。
当時は会計関係を担当しており、問い合わせは上級官庁からのもので、すでに支払いを終えた施設の電気料金の内訳に関するものだった。
公共料金なので、不正を行うことは不可能。
自分の作った書類に応じて日本銀行経由で支払っており、先方からも苦情などはなかった。
その算出方法についての問い合わせで、大雑把に言ってしまえば1円のプラスマイナスの問題であった。

説明さえさせてもらえれば理解は得られるので、自分的にはたいしたことではない。
だが、上司は「支払い終わっているので、まちがってたら大変だ。職責問題だ」と心配そうにしている。
PKの前に、はずしたら大変だぞ、とまくしたてているようなもんである。

自分の頭の中はというと・・・
「さっさと済ませて彼女の待ってる家に帰ろう」「日中はのんびりして夕方にはバレーの練習だ」

そんなところで目が覚めた。
当時は幸せだと思っていた。
誰からも文句の出ないように事務処理し、非行少年と呼ばれる子供の話を聞いては励まし、収入も十分だった。
家では彼女が待っていてくれて、バレーもいい感じでできていた。


今の自分はというと、当時では想像もできなかったエーゲ海のフェリーに揺られている。
I Podでお気に入りの曲を聴き、まったく似合わないお気に入りのサングラスをアイマスク代わりに寝そべり、朝日を見るのを心待ちにしながら。
自力で国境を越えれた満足感でいっぱいの中、トルコでの出来事が思い出された。

サフランボルで両替に行ったT君と、成田で両替した自分とを比べると、円高と手数料の影響か、T君はかなり儲かっていたこと。

平日の深夜0時にアンカラのバスターミナルで、別れを惜しんで民族楽器を鳴らしながら踊っている人の輪が、見ず知らずの人が混ざってどんどん大きくなっていったこと。

セルチュクの宿で洗濯を頼んだら、どう見ても小学生の男の子がきて、すらすらと英語でこっちの名前を尋ね自己紹介してきたこと。
「明日の朝になるが大丈夫?」とやる気満々だった彼は、きちんと翌日には洗濯物を仕上げ、昼には商店街で新聞を売って歩いていた。

金の価値や仕事の意味、日本の子供などなど・・・
考えると、いろいろな思いがごちゃまぜになり、わけがわからなくなってきた。

そんな時にI Podから流れてきたのは、oasisの「Don't look back in anger」(かなり古いが)
洋楽の意味などまったくわからないで聴いているが、そうしてみろってことなのかな・・・

安定した仕事と収入、待っている彼女、バレーに打ち込める場所。
全部もうないが、今こうしていろいろ考えながらわけがわからなくなることができる自分は、結構充実していて、幸せだと思う。
こんな自分のわがままを認めてくれる家族がいて、心配してくれる友達もいる。
ありがたい限りである。

かなり曇りっぽいけど、朝日を見に行こう。
セルチュクからバスに乗り、イズミルという大きな工業都市で乗り換え、無事にフェリーの出チェシメに到着。
セルチュクのホテルで「サンライズツアーに行ってこのチケット(予約券)を見せろ」「乗り場のすぐ近くだから」と言われていた。

だが、肝心のフェリー乗り場がわからない。
フェリーの絵のある看板は「Lemen」と書いてあり、地名か乗り場かわからないが、とりあえず行ってみると無事乗り場に到着。
ものすごい小さな窓口に「SUNRISE LINE」とあるが誰もいない。
一応国境を越える航路なので、警察もものものしげにいるので、聞いてみたが、わからないという。

待ち時間だけはたっぷり3~4時間あるので、町に戻ってみた。
途中のツアー会社でサンライズツアーに行きたいと尋ねてみると、えらくかわいい女の子が出てきて、英語で教えてくれた。
いまいちわからない感じでいると、途中まで連れて行ってくれるという。
ゆっくリと話してくれ非常にわかりやすく、どうやら行けそうだった。
記念に写真を撮らせてもらうと、これはどのトルコ人も同じなのだが、目いっぱい笑顔を見せてくれた。
チェシメの女の子


無事にサンライズツアーの事務所を見つけ窓口の兄ちゃんに予約券を見せると、「港に出発の1時間前に来い」
なんだよ・・・それだけならさっき行かなきゃよかったよ・・・

事務所を出るとすぐそばでスクーターをレンタルしていたので、借りてみた。
125ccのもので、国内では乗れない。(免許がない)
けど、日本の免許証見せたら「OK!Enough!」といって車検証らしきものを手渡して、「Very Inportant!」
「警察にとめられたら見せろ」
「ガソリンはほぼ空だから、乗る文だけ入れろ」
「名前は?俺はイーボだ」などなど非常にフレンドリー。
スクーターとイーボ


チェシメは高級リゾートらしいが、オフシーズンのため泳いでる人はいない。
ただ、雰囲気は隠れた高級リゾート。
いい感じであちこちスクーターを乗り回していると簡単にに60キロは出ている。
学生のころ乗っていた原チャリとはパワーが違った。
無事返却。

港で手続きを済ませ、乗り場のすぐそばのカフェでフェリーを待っていた。
ところが、一向にフェリーは来ない。
乗り場付近にはものすごい小さな遊覧船みたいのがあるだけ。

出発10分前になってもこないので、カフェの店員に聞いたところ、「あれだよ」と小さな遊覧船を指差した。
まじかよ・・・大丈夫なのか・・・
「40分くらいですぐ着いちゃうから」
国境を越えるフェリー


ほんとにそのとおりであった。
ちょうど夕暮れ時で見事なサンセットクルーズに。
エーゲ海を渡っていると思うと、学生のころ、手品の定番ソング「エーゲ海の真珠」を歌いながら、コップのビールを一瞬で消す魔法を見せていたWhite.Mtのunder Mountenのことを思い出した。
国旗の向こうにはチェシメの町が・・・さらばトルコ
フェリー後部にはギリシア国旗が・・・

いまいちうまく写せなかった夕日
エーゲ海の夕日


ヒオス島はすっかりギリシア。看板の文字が全然読めない。
乗り換えのフェリーは超特大で写真におさまらないほどだった。


9時間かけてギリシア本土へ向かう。
2008.03.24 ハマム再び
セルチュク二日目。
日曜とあって市場はなし。

だが、宿周辺は商店街で食べ物屋もたくさんあり、ちょこちょこ食べ歩く。。
店先にテーブルが並べられ、外でくつろいでいる客が多い。

待望の「ドンドゥルマ」
適当に頼んだら、2種類指差してもまだ要求してくる。
結局4種類が店先で焼いたばかりのコーンの上に。
しかもチョコレートクリームをべったりつけたかと思うと、それを砕けたナッツに突っ込み、見る見るうちにチョコとナッツだらけのトッピングが完成。

確かに歯ごたえがガムみたいな感じなのだが、きちんと噛み切れると同時に口の中でとろける。
うまい。
ただ、味は普通のアイス。
ジェラードっぽいかな・・・
しめて2リラ。

普通の食べ物屋で何種類かのケバブ系のものをハーフサイズで頼もうと思ったらミックスグリルというのだとたくさんの種類が出せると店員が教えてくれた。

店の奥に見える釜で焼かれた肉類はほんとにうまい。
コーラ2杯、コーヒーつきで14リラ。

店から見えた公園で子供が遊んでいたので様子を見に行くことに。
予想以上にリアクションがあり「フォトグラフ!」と連呼して集まってきた。
その上におもしろがって草をむしって投げてくる始末。
ま、このくらいが普通だよな、子供なら。
セルチュクのこども


その後は近くのハマムへ。
カッパドキアとはちょっと雰囲気が違う、いかにも地元民用。

サウナはないが、浴場内全体がぬるいサウナ。
地元民の一人「サニー」が英語でいろいろ教えてくれた。
一通り終わると「こっちにこい」と笑顔で自分の隣をたたいている。
実は結構暑さに参っていたが、おもしろそうなのでしばしトーク。

ヘロヘロになってあがると、今度は中庭の休憩所で従業員の親父どもが話しかけてきた。
そのうちの一人がおもむろにこっちの手を取ってマッサージを始めた。
これがめちゃめちゃ強くて痛い!
明らかにおもしろがっている。
その上、「今度はお前の番だ」とばかりに背中を向け要求してきた。
軽くやり始めると突然「イタイイタイイタイ!!!」
明らかに遊んでやがるな・・・
周りの親父たちも笑顔で見守っている。
再び交代。
なにやら棒で背中を押してきて結構いい感じだと思ったら、庭のほうきの棒の部分だった・・・

その親父をはじめみな「キモチイイ」「アリガト」「コニチワ」など結構日本語連発。
帰り際、別の親父に写真を撮らせてくれと頼むと、すぐにカメラを奪って肩を抱いて近づかせ、別の親父にシャッターを要求。
別の親父はあかすり担当なのでバスタオル1枚を腰に巻いただけ。
そんな格好でもたもたしてるもんだから、別の親父がカメラを奪ってめでたく記念撮影。
なかなかおもしろかった。
ハマムのおやじ
セルチュクのハマムのおやじ


明日は夕方のフェリーでついに国境を越える。
ってほんとに越えれるんだろうか・・・
セルチュク到着当日の午後、町をぶらついてみることに。
日が長いので、歩いて40分ぐらいというエフィス遺跡へ行ってみた。

今まで見てきたトルコとは一変し、ローマ系の雰囲気に染まっておりいい感じ。
大劇場では、地元の見学旅行らしき小学生の団体が輪になって歌っていたので、特等席で観覧。
すると団体で来ていた日本人ツアーの外国人ガイドがなにやら小学生の先生と交渉。
ツアーの中のメンバーに飛び入りさせようというのだ。

中にいた大学生らしき男女7,8人が戸惑いながらも飛び入り。
大いに盛り上がり、輪になって手をつなぎ、童謡「チューリップ」を熱唱!
アンコールに応え今度は「ちょうちょ」を熱唱!
場内から拍手が。
こどもたちと飛び入り日本人
大劇場のこどもたち

飛び入り日本人


団体が去った後、子供たちはなんと「蛍の光」を歌いだしたじゃないですか
さっきの日本人が歌ってたら、とんでもない盛り上がりになっただろうに・・・
残念。

遺跡そのものはいたって狭いので、あっさり見終わり、明日の予定がなくなってしまった。
エフィス遺跡

エフィス遺跡2


露店でパンにラム肉のハンバーグみたいのをはさんだもので晩飯。
すごくおいしいんだよね・・・
近くにいた親子の赤ちゃんにちょっかい出したら、赤ちゃんがおもしろがり始めてニコニコ。
こんなちっちゃいころからフレンドリーなのか!?

ボリュームたっぷりなので、晩飯はそれだけで済ませ、宿でちょこちょこブログをいじっていた。
なんと変にいじりすぎてしまい、元に戻らなくなってしまった・・・

というわけで、イメチェンも兼ねてデザインが一新されました。
なんか英語が間違ってるような・・・

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カッパドキアから深夜バスでセルチュクに。
フェリーが心配なので、しかたなく世界遺産のパムッカレはパスしてきた。

温泉好きの自分にとっては苦渋の決断だった。
T君は途中下車でパムッカレへ。

「またくればいいや」
そう思うことにした。
今度は気球、パムッカレのためにこよう。

セルチュクで早速宿探し。
フェリー確定が最重要課題なので、地球の歩き方を見て、ツアー会社併設の宿「JIMMY'S PLACE」にする。
すると、さすがツアー会社、きちんと知っていて、一気にアテネまでの予約ができてしまった。
わかりやすい英語の兄ちゃんがフロントで、部屋でネットができる。
ようやく書き込みもできる。

意外とギリシャへフェリーで行くのは簡単そうであった。
ま、ようは出ているかどうかが問題だったんだけど・・・

値段も気球よりずっと安い。
結構信用できる応対の兄ちゃんだったので、抑えてもらうことに。

セルチュクには2泊し、サフランボルで韓国人ジャミィがべた褒めだったエフィスを見てくることに。
パムッカレはちょっと遠いかな・・・
やっぱり今後にとっておこう。

町は市場が宿の目の前まであり、なかなか活気がある。
部屋にはバルコニーまであるので、この2泊は久々にのんびり過ごせそう。

フェリー、アテネではあまり時間がなさそうなので、いい中休みにしよう。
二日目のツアーはT君、M君、アンソニーと、全員でも4人!
初日と同じ女性ガイドで「You are lucky! Like a private tour!」と言っていた。
ローズバレーでのハイキングでは思い切ってガイド、アンソニーとびっしり会話してみた。(成り立ってはいないが・・・)
トルコではリンゴは一般的(リンゴの木が回りに多かった)で、みんな好き。(甘いアップルティーがちょこちょこ出てくる)
トルコ人にとってどんな旅行者がいいのかというと、挨拶したら応えてくれる人、気軽に質問とかしてくれる人がいいらしく、基本的に旅行者は好き。
ただ、その点はこちらにとっては、客引きが目立つトルコでは微妙なところ。
アンソニーは自分の履いていたお気に入りの靴と色違いのものを履いていたが、香港で激安価格で買っていた。(自分のはアメリカからネットで高値購入)
香港での観光はショッピングメイン。夜景はきれい。
グランドキャニオンに5年前に行ったが、天気の都合で奥まで行けなかった。
奇岩の中でもひときわ奇岩の多いパシャバー地区では、自分が岩を持ち上げているような面白写真をガイドの勧めで撮った。
ガイドはいとも簡単にアングルを調整し撮影していたが、自分で撮るとなかなか微妙。
ラクダを触って写真を撮ろうとしたらガイドが「K!気をつけて!」と日本語で叫んでいた。
二日目も最後はきちんとお金を落とさせる陶器博物館で終了。

奇岩 らくだときのこ
奇岩 らくだ

奇岩 きのこ

戻ってきてドロシーとフィディがいたので、いつ出発するのか尋ねてみると、ドロシーが「I don't know・・・My sister is・・・」
どうやらフィディが落ち込んでいるらしい。
気の利いた言葉などかけられるはずもないので、とりあえず、フェリーは自分で見つけて乗ると告げた。
「I decided to get a ferry by myself.」
非常に自信のない英語だったが、きちんと決めた、と堂々と話すと、二人は真剣な表情で聞いてくれた。
なにかあれば携帯に電話を。いつかドイツにおいで。できればフェリーの港に近いエフィスあたりで会おう。
などなどいろいろトーク。
フィディも少し明るくなっていたのは幸いだった。

昨日までの会話で、自分は国際ボランティアでスリランカに行くということは話していたので、そのへんのことも話した。
ドロシーは北部が危険であることは知っていた。
フィディが家族は寂しがっていないか、と聞いてきた。
「自分は、自分で決めてしまったらあまり他の人の意見は聞かなくなったしまう。家族はそのへんをよく知っている。一応認めてくれている。」
と伝えるとほっとした表情を見せていた。
ただ、自分は「しかたなく認めてくれた」「自分はわがままなのだ」と伝えたかったのだが、うまく伝わったかどうかはわからない。

自分はハマム(トルコ式スパ&マッサージ)に行く予定だったので、ぼちぼち行こうとすると、二人も一緒にいくことに。
驚いたことに、最初のサウナは一緒に入った。
自分は下着の上にバスタオルを巻き上半身裸。
姉妹は上は水着、下は自分と同じであった。
宿の兄ちゃんも一緒に入り、ぬるめのサウナ、顔の泥エステ、あかすり、マッサージ。
サウナでは4人でいろいろ話した。
3人が話しているのはいまいちわからなかったが、フィディがにっこりして自分に、
「You so funny! You have a good atmosphere!」といってくれたのだけはわかり、うれしかった。

ハマムと犬(トルコではかなりソーラーシステムが普及している)
ハマムと犬


あかすりなんかをやってくれるのはトルコ人のおばさん一人。
自分が一番最初に終え、次に出てきた兄ちゃんと姉妹を待つ間、兄ちゃんがテレビが見やすいように隣に来いと言った。
実はこの兄ちゃん、これまでにいろいろやってくれちゃってた。
預けた鍵を持っていないとほざいて、いざ探したらポケットに入れてて、大笑いでおしまい。
予約のチケットをなくしてしまったバスのチケットの変更を頼んだら、深刻な顔して「できない」とほざき、姉妹と一緒に途方にくれていたら「It's joke!」とか。
まあ、なかなかおもしろい奴だったのだ。
隣に呼ぶときによくわからなかったのだが「・・・・My friend!」と呼んでくれたのはうれしかった。
テレビで「どうぶつ奇想天外」らしきワンシーンが流れ、驚いていると「Japanese?」などと盛り上がった。
ハマムがよかったことを、マッサージしてくれた人に伝えようと会話帳を見ていると、発音を教えてくれたりもした。

姉妹が終わるころにはなんとバスの出る15分前。
やばい雰囲気であったが、荷物を取りに宿へ戻る間にドロシーとフィディにお礼。
ちゃんとメールをよこせ、ドイツにこい的なことを「You promiss?」と言ってくれた。
あいかわらずこっちからはたいしたことも言えずじまいであった。

荷物を取るともう数分しかない。
なんとそこからはスクーターに二人乗り。
姉妹に見送られながら、例の兄ちゃんにしがみついて宿を後にした。
サフランボルの宿で「クレイジー」と笑われたツアー。
パスポートも無事に届き、予定通りにスタートました。

クレイジーな弾丸ツアーで、一向にブログを書き込むことができなかったけど、無事に生きています。
今朝(土曜日)夜行バスに12時間以上揺られてトルコ西部の町セルチュクに今朝着きました。
カッパドキアでの1泊も過ぎ、書きたいことは山ほどあります。
少しずつ書き足していこうかと思います。

今回の旅のメインと言えるカッパドキア。
秘境です。変な岩山の洞窟が普通にペンションになってます。

ペンション シューストリング
ペンション シューストリング

シューストリング 中庭の眺め


二日間びっちりツアーでいろいろ回ったけど、とにかく奇岩だらけ。

初日のツアーのメンバーは、一日早く来ていたドイツ人姉妹ドロシーとフィディ、T君、香港の31歳アンソニー♂。
一緒の早朝バスでカッパドキア入りした京都の学生M君で、みんなサフランボルの宿で一緒だったメンバーと国籍不明の西洋系カップル1組。
それにアメリカ人♀4人が別宿でピックアップされ参加。
見応え十分だった地下都市。ちょっと遠くてツアーじゃなきゃこれないかも。
天井が低くなっているところが多く、アメリカ人の一人が頭をぶつけてときに「Oh my god!」と別のアメリカ人が言っていた。
昼食前の渓谷ハイキングでヘロヘロになりながら普通にいる羊の群れ(ちゃんと犬が仕切っていた)にも出くわした。
ツアーだけあって、最後にはきちんとお金を落とさせるような、宝石博物館で結構時間をとっていた。

ウフララ渓谷
ウフララ渓谷

ギョレメ・パノラマ
ギョレメ・パノラマ


戻ってから、ドロシー姉妹がこれからの予定を聞いてきたので、ギリシャに船で渡りたいが、自分の英語できちんといけるか心配だと伝えた。
すると、「Do you want to need our help?」
姉妹は4日後に南のリゾート地アンタルヤで母親と落ち合って、自分がフェリーに乗るであろう西部を経由してイスタンブールに戻るから、途中で落ち合おうかと言うのだ。
ありがたいことだが、日程が苦しい。
フェリーの便数がオフシーズンのためほとんどないので、できるだけ早く行きたいのだ。
しかも手伝ってもらったのではいまいちおもしろくない。
ま、現地で知り合ったドイツ人に手伝ってもらうのなら、十分おもしろみはあるのだが・・・
結論を出せずにいると、フィディの携帯が鳴り、程なくして突然泣き出した。
どうしたのか尋ねると、「My grandmother is・・・」
どうやらなにかあったようだ。
ドロシーが少し歩いてくると、二人で外に出て行った。

その後、夜にはT君、宿にいた日本人女性1人、フランス人カップルと「トルキッシュナイト」という民族舞踊プラス飲み放題に参加。
民族舞踊、ベリーダンスは客も交えたもので、なかなか盛り上がっていた。
自分はというと、料理のぱっとしなさにすっかりテンションが下がっていて、見ているだけにした。
T君は半ば開き直って参加、盛り上がっていた。

残念なことに翌朝の気球ツアーは天候不順でキャンセル。
初日のツアーで一緒になったアメリカ人女性4人は、前日に予定していたけどやっぱりキャンセルだったとのこと。
ただこの気球ツアー、めちゃめちゃ高くてみんな敬遠してます。
というわけで、お金が戻ってラッキーと苦笑いしていたアメリカ人。
自分も同じになりました。
「バストンジュ」のヤースミンさん、出産後間もない彼女は、想像以上に日本語がペラペラだった。
朝食時に1日ツアーに誘われたので、メンバーを聞いてみると、韓国人1名、ドイツ人2名、カナダ人1名。
日本人と一緒ならやめようと思っていたので、OK。

英語ガイドのトルコ人ムラーノ(まつげ長し・かっこいい)と運転手のやや太めなトムハンクスっぽいヤーソン(ヤースミンの夫)以外はなんと全員女性だった。
韓国人ジャミィは57歳!かなりの旅人で、英語はばっちり。今回もトルコ全域を1ヶ月かけて回っている。
ドイツ人は、年齢的に自分が間に入るくらいの姉妹、ドロシーとフィディ。
カナダ人は名前聞きそびれ。
自分を入れて7人がフィアットのワゴン車に。

予定通り自分は英語にはついていけないのだが、そういう人間に対してもみな非常にフレンドリー。
簡単な質問をちょこちょこ振ってくる。
多少自分が話せたりすると、よく聞いてくれ、会話を楽しんでいるのがよくわかる。
こっちもそれが楽しみなので、わからないながらも楽しく過ごさせてもらった。

ツアーの間に昼食もあったのだが、ドイツ人のフィディはベジタリアンだそうで、注文時にしっかり伝え、別メニューだった。
ボリュームたっぷりで、みな持て余し気味だったので、自分もそんな感じだったのだが、気がつくと食べ終わっていた。
ツアーは途中から雨模様だったが、なかなか充実したもので、郊外の見所をしっかり回れた。
サフランボルという街は、昔ながらの家並みがメインらしいが、公開している民家、同じ時代の橋、洞窟などが郊外にあり、ツアーはその辺をカバーできる。
実際の家並みはいくらでも宿周辺にあるからいつでも見れる。

戻ってから、ドロシーとフィディがムラーノと今後のプランを相談していた。
自分や昨日一緒にきたT君も含め、ここからカッパドキアを目指すのは定番のようだ。
3人がかなり時間をかけて相談していたのをそばで聞き、わかったことは何もなかったが、要はカッパドキアは見所だらけで回るのは大変ということだ。
ついでにドイツ人姉妹の今後のプランを教えてもらったら、ドロシーの友達がアンカラにいるので、これから出発し、アンカラで2泊してカッパドキアへ行くとのこと。
「一緒に行かない?」
まあリップサービスなのだが、言われて悪い気はしないものだ。
ただ、自分はパスポート待ちの身なので、行けるわけがない。
では、パスポートがあれば行ったのか・・・そのへんはなんとも言えない。

彼女たちを見送ると、ヤースミンが「それではKさんの明日からのプランを考えましょう」
正直これだけ日本語ペラペラだと、こっちの話もきちんと理解しているのがわかるので、素直に日程を相談してみた。

自分的にはギリシアへの国境越えが一番不安(オフシーズンなので便数が減るらしい)なので、早めに入国できるよう思い切った強行日程にしようかと思っていた。
とはいえ、やりたいことはもりだくさん。
それを聞き、ヤースミンとヤースンいわく「せっかくの旅なのにそれでは疲れてしまうから・・・」
ごもっともです。

それでも一応こちらの希望通りにプランを立ててくれた。
「気球と洞窟部屋宿泊、ハマム(トルコ式あかすり&マッサージ)ははずせない」
「ツアーはお勧めのものなら基本的には行く」
「せっかく仲良くなれたからドロシーたちと一緒のツアーになるようにできないか」
などなど・・・
「一応作ってみましょう」とヤースミン。

できあがったものを見て、二人はあきれ果てて失笑していた。
カッパドキアに一泊しかしないのに、なぜか1日ツアーが二つ、ほかにもオプションが二つ、おまけに早朝気球ツアー付。
それでいて翌朝には次の目的地パムッカレに到着している。

「クレイジーです。ヤーソンは絶対やりたくないって・・・こんなクレイジーな人がいました、とこのプランを貼っておきたいくらいです」
「それならやるしかないです。ぜひこれからくる人たちに、こんなクレイジーなやつがいたって笑い話にしてください」

はい、即決。
ヤーソンは本気でウケていた。

明日以降はクレイジーな旅が待っている。
ま、ちゃんとパスポートが届けばの話だが。
ヤースミンとエフュとじいちゃん
ヤースミンとエフュとじいちゃん

町並み
サフランボルの町並み1

サウランボルの町並み2

町のこども・ちょっと現代風な親子 めっちゃかわいかった。
サフランボルのめっちゃかわいい子ども

サフランボルのちょっといい感じの親子



2008.03.19 落とし穴
順調だと思っていた今回の旅。

そんなはずはありません。
必ずなにかやらかすはず。

2日目、無事にサフランボルに到着したけど、やっぱりあったよ。落とし穴が・・・
しかも毎度おなじみの全部自分のせいってやつで、しかも今回は最大級の致命傷。

話は少しさかのぼって、サフランボル行きのバスの待合所。
トルコでは「オトガル」と呼ばれ、各所で交通の基点となっている。
定時間近なのにバスは来ない。
すると、日本人らしき人がやってきてカウンターに。
どうやらサフランボルへ行くらしく、受付の兄ちゃんが「隣にしといてあげるよ!」

彼は札幌の学生さんでT君。
いやぁ・・・まさか札幌とは・・・
持ち前の人当たりの良さ(!?)を発揮し、いろいろトーク。

自分同様、T君も1日でイスタンブールを切り上げることにしたという。
ただし、理由はちょっとちがう。
彼はイスタンブールでは強引な勧誘に遭遇。
もううんざりで、田舎のサフランボルならそういうことはないだろう、と移動を決めていた。

俺は全然勧誘されなかったぞ・・・
彼いわく、「きちんと無視してたんじゃないですか?」
うーん・・・そうなのか・・・

彼は今日の宿を携帯DOCOMO905を使い、直接抑えていた。
日本語スタッフがいるらしい。
ずうずうしく便乗させてもらうことに。

バスの中では25歳と22歳の兄ちゃんたちがフレンドリーに話しかけてきた。
なかなかかっこいい兄ちゃんたちだったが、自分的にはゲイだと思った。
ちょっと二人の距離が近すぎるのだ。
そういう人に遭遇したことがないので、かなり神経過敏になっている部分もある。

「あの二人できてるよね・・・」
するとT君「え・・・?考えすぎですよ」
高速のパーキングで休憩をとった時には、T君は二人に誘われて合い席していたので、自分も便乗。
まったく変な感じはなく、おそらく思い過ごしだったのだろう。
ただし、英語がまったく通じず、自分たちもトルコ語がわからない。
どぎまぎしまくりだったが、最終的には「指差し会話帳」を武器に多少のコミュニケーションに成功!

しかもその様子を見ていた20歳くらいのさわやかな女の子が、今度は英語で話しかけてきた。
ちょっとかわいい子で、しかも英語。
「イスタンブールでは英語がまったく通じない」とぼやいていたT君も思わず表情が緩む。
当然自分も。

彼女いわく「My name is NAOMI」
「なに!?ナオミなの?」と驚く二人。
「It's joke!」
あどけなく微笑む彼女に二人とも大うけ。
聞けば宿泊する宿には日本語を話す友達が働いているという。
つながるもんだなぁ・・・

トルコ語のアナウンスがまったくわからない自分たちは降りる場所がよくわからない。
フレンドリーだった三人はもう降りてしまった。
最終的には電話で宿の人と運転手に話してもらい解決。
セルヴィスと呼ばれる小さな送迎バスに乗り継ぎ、宿の車で終着場所まで迎えに来てもらった。(無料送迎)

宿泊先は「バストンジュ」
T君は地球の歩き方で目星をつけていた。
周りの独特な雰囲気に感動しつつ無事宿に着き、チェックイン。

女性スタッフが丁寧な日本語で「パスポートお願いします」

・・・
・・・「ん???」
「な、ない!なんで!?」

女性スタッフが「最後に使ったのはどこですか?」

・・・
「昨日のホテル・・・あ!返してもらうの忘れてた!」
やっちゃいました・・・

宿の名前は覚えていたので、連絡を取ってくれ、明日発送、あさってにはここに届くとのこと。
というわけで無条件2泊決定。

「必ずなにかやらかすんだよね・・・今回もなんかあるとは思ってたんだけど・・・」
ぽつりとつぶやく自分に、T君いわく、「それにしても致命傷ですよね・・・」
ごもっともです。

でも事なきを得ることができたのは、君のおかげだ。
ほんとにありがとう・・・

サフランボルの町とペンションバストンジュ
サフランボル全景1

バストンジュ外観
イスタンブールのメインのブルーモスク付近は徒歩で回れたので、とっとと次の場所に行ってみることに。
ブルーモスク
ブルーモスク

ただ、イスタンブールはすごく景色がよく、路面電車、フェリーが世界遺産の町並みを上手に結んでいて、もっと見所はありそうなんだけど・・・

食べ物もちょっと食べただけだけどうまい。
安い。
ま、トルコ料理は国内どこで食べてもトルコ料理だし。

今は、世界遺産になっている旧市街からフェリーで対岸に渡り、そばのカフェにて書き込み中。
日が長くて、夕日が旧市街に沈むシーンはおあずけ。

旧市街
イスタンブール1

新市街
イスタンブール新市街


これから長距離バスに7時間揺られて、「サフランボル」へ向かいます。
かなりの田舎町らしい。
2008.03.17 無事到着
やってきました、イスタンブール!

アムステルダムで乗り継ぎ、空港に着いたのはPM11:00。
日本を出たのは日曜の昼12時。
何時間かかったのか、うまく計算できない。
時差がマイナス7時間らしいので、日本では早朝?
ずっと飛行機(シンプソンズ・ムービーを見たりした・機内食2回、乗り継ぎ後も1回)だったので、もう時間の感覚がよくわからない。

空港から地下鉄に乗り、終電ぎりぎりと思われる路面電車で安宿街を目指す。
終電には間に合った(車内で0:00を迎えた)ようで安心していた。
ところが!
あと2駅のところで、駅員がやってきて大声で叫んでいる・・・
「ラスト・ステーション!」

そのくらいはわかる。
あと2駅にして、終点。
「ここはどこだ?」

路面電車2駅なのだから、目的地までは多少時間はかかるが徒歩で十分いける。
だが、こんな遅くて泊まらせてくれるのか・・・

不安だったので、すぐそばに宿がないか探してみた。
すると・・・
あるわあるわ。

唯一の使用可能英語「Can I stay tonight?」を早速使用。
なんと1件目は「Full」
ん?満室!?
ほかが空いているかの不安よりも、英語が通じたので一安心。
2件目で無事決定。
25ユーロで1泊。

タイでもそうだったが、いくら遅くなっても十分泊まらせてくれるのだ。
世界の観光地とはそういうものなのだろう。

ガイドブックでは25ユーロだとシングルでは一番安い部類。
部屋はなんと、ツインで広々。
バスタブ・シャワー・テレビ・ドライヤー完備。
リンス・歯ブラシはない。
朝食はつかないだろう・・・
と思いつつ、朝フロントをのぞいたら・・・
「Bleakfast?」
「Yes.How much?」
「Oh.No pay!」

パンがあったかくなかったので、期待していなかったが、食べてみるとうまい!
たらふくいただきました。

廊下の天井に無線LANのアンテナらしきものがあったので、使いたいと言ってみる。
「I'd like to use internet in my room.」
(合ってるのか?)
フロントのお姉さんがにっこり笑ってアクセスキーを教えてくれた。

新たな使用可能英語を手に入れた!
結構幸先がいい。
気分よくブログを打っている。
我ながらベタなタイトル・・・
明日から、ニート期間最大のイベントです。
夏休みに行ったタイに続く一人海外旅行第2弾「飛んでイスタンブール」
トルコへ行ってきます。

今回の旅行は調子に乗って、少し凝ったものを考えています。
タイはバンコクでごろごろしていたのですが、今回はトルコ国内をいくつか回り、国境を越えギリシャへ。
帰りはアテネから帰ってきます。
「オープンジョー」と呼ばれるシステムの航空券を使います。
やりたいこともいくつか考えてあり、のんびりしながらも、いくつかのイベントをこなしてきたいと。

世界三大料理のひとつと言われるトルコ料理。
気球から眺める世界遺産カッパドキア。そして洞窟ホテルに泊まる。
(気球はオフシーズンなので微妙らしい・・・)
聖闘士聖矢、じゃなくてギリシャ神話の世界を実際に目の当たりにできるアテネの神殿群。
そしてあわよくば、トルコからギリシャへはエーゲ海を渡って・・・
などなど。
「無知の知」を実感できる旅になるといいなぁ・・・

タイの時同様、宿はとらず、現地調達。
言葉なんかわかりません。
指差し会話帳頼み。
とりあえず、ヨーロッパとアジアの境目を楽しんできたいと思います。

今回もPC持参なので、ちょこちょこ近況は報告したいところです。
このブログ、よくよく振り返ってみるとバレーや派遣先のことがほとんどでてこない。

ちょっとあんまりな感じなんで、時々はスリランカのことやバレーのこともたまにはのせよう。

ということで、今回はその第一弾。
「スリランカの言葉」(全部本やネット情報ですが・・・)

スリランカは大半がシンハラ人、2~3割がタミル人、その他少々。
それぞれが使っている「シンハラ語」「タミル語」が公用語である。
英語教育もなされているので、都会では英語も結構通じる。
町の看板にはその3種類の言葉が並んでいたりする。
英語ができるのはちょっとしたステイタスらしく、シンハラ語で話しかけても英語で答えてくる人もいるらしい。
そういうアピールの強さなんかは日本じゃありえないよな・・・

「その国に溶け込もうと思ったら、その国の言葉で話すのが一番だ」
と、研修の講師の先生が言っていた。
もっともだ。
外人から「コンニチハ」と言われるのと「Hello!」って言われるのはやっぱりちょっと違うもんね。

とはいえ、
「言葉が話せない1年目はコミュニケーションがとれず、なんとか話せるようになった2年目から、ようやく言いたいことが伝わるようになり、やりたいことができるようになった」
という過去の協力隊の経験談もあり、なかなか大変そうである。
がんばらなくては。


スリランカという国については、「若干スリラン化」というサイトにいろいろ面白いことが出ているので、大いに参考にしています。
サッカーを教えに行った協力隊の人がやってたものです。
ひまな方、見てみてください。

2008.03.13 シンハラ語
先週の研修を終えてから、本格的に現地語「シンハラ語」の勉強を始めた。

単語カードみたいなのを作って、4年生と1年生の姪っ子に出題してもらった。
「なにこれ?絵じゃないの?」
「カエルみたい」

そうなのだ。
ケロッピの顔やスーパーマリオのメットにしか見えないのだ。

マンガ「ドラゴン桜」に出てきた「語呂合わせ」と「イメージ」をつかった暗記法で、なんとかかんとか基本文字36文字を覚えた。
ところが!
これはあくまでも基本となる文字であり、単語ではない。
英語で言えばAからZまでの読み書きを覚えただけなのだ。

まだまだがんばらなくては・・・
2008.03.10 月曜の日課
月曜にほぼ必ずやってきて、もう25年以上やってきたことが、今日からなくなった。
それは「ジャンプを読む」ことだ。

ジャンプといえば・・・
「キャプテン」「リングにかけろ」「Drスランプ」「男塾」「キャプテン翼」「北斗の拳」「ドラゴンボール」「ジョジョ」・・・
名前を出せばきりがない。

最近人気の「ONE PIECE」「NARUTO」あたりは、なぜか惹かれるものがなく読んでいなかった。
(最近慌ててまとめて読んでいるが・・・)
ジャンプの中で今でも唯一読んでいたのは、自分の好きなスポ根系の「テニスの王子様」
先週で終わっちゃいました・・・
ポッカリ穴が空いた開いた気分ってやつです。

日本が世界に誇るエンターテイメント「マンガ」
自分は、どっぷりはまって抜けられないのだ。(抜ける気はない)

「テニスの王子様」「スラムダンク」なんかは、何年も連載してたのに、マンガの中ではわずか数ヶ月・・・
そんなのに夢中になって何年も読んでいる自分・・・

自分の成長とともに、手に取るマンガはかわってきたが、おそらく死ぬまで読み続けるだろう。
最近「キャプテン翼」や「銀牙」のように続編が出ているのも少なくなく、しっかり読んでいる。
でも、月曜に胸を躍らせてジャンプを手に取ることはないだろう。
もうジャンプは「卒業」ってやつかな。

とはいえ、ほかのやつはいろいろ毎週・毎月欠かさず読んでいる。

スリランカに行くうえでの不安はいろいろある。
くだらないことかもしれないが、「マンガ」のない生活への不安は、正直大きい。
2008.03.09 秋葉原
埼玉方面でバレーをする予定だったので、アクセスのよい秋葉原に泊まっていた。

帰る日は飛行機の時間まで余裕があったので、行ってきました。
秋葉原ならではのところへ・・・

「メイド喫茶」です。

「え~!?そんなとこいったの?」と非難の声もあることでしょう・・・
「そんなとこ」・・・行ってみないとわからない。
ま、話のたねには最高の素材だ。

前日にちょっと下見がてらテレビの電車男のロケをやったというメイド喫茶を見に行ったら、なんと!
店の外に列ができてる・・・
そんな混むの・・・?

ホテルのPCが無料だったので、少し情報収集。
混むところはホントに混むらしい。
ということで今日、開店時間少し前に、秋葉原のど真ん中にあるドンキホーテの5階、こてこてのメイドカフェといわれるところへ。

なんだかわからないが、ドンキ前には長蛇の列が。
といあえず5階へ行くと、きちんと待つためのスペースがあり、5、6人が開店前なのに並んでる・・・
下の列は別の目的のようだ。

びびりながらも、思い切って自分も並ぶ。
すると、あっという間に後ろにはたくさんの人が。
いかにも、といった人たちもいるが、普通の女子高生3人組や自分よりかなり年のいったおじさん3
人組など、観光的な人も大勢いる。

「おかえりなさいませ。ご主人様
うわさどおりのコスプレでご案内。
いかにもというメニュー、日替わりの「メルヘンティー」をオーダー。

「お待たせいたしました。ご主人様
メルヘンティーを置くと、「これからおいしくなる魔法をかけます」
ほほぅ・・・うわさどおりだ。
「ご主人様もご一緒にお願いします手でハートを作って・・・」

(なに!?俺もやんの!?)

「左に振ったときに1回「萌え」、右に振ったときに「萌え」で最後にカップに向かって「きゅ~ん」です

・・・・・・・
笑うしかねぇわな・・・

「ではご一緒に!」
「萌え、萌え、きゅ~ん!
丁寧なご指導の甲斐あって、見事においしくなる魔法がかかりました・・・

隣にいたおじさん3人組は500円でメイドさんとゲーム(拳闘士ていうボクシングのやつとか、黒ひげ危機一髪的なゲームがいくつか準備されている)をして大盛り上がり。

ひとりでぼーっとしていると、別のメイドさんがきちんと気を遣って世間話をふってきた。
ちゃんとした接客ぶりは感心である。
ちなみにドンキ前の長蛇の列はAKB48のイベントとのこと。
さすがアキバ・・・

帰るときには当然「そろそろ出かけます」

「行ってらっしゃいませ。ご主人様

笑うしかなかった・・・
研修で首都圏に行くということで、大学の同期がバレーをする機会を作ってくれた。

最後に会ったのはいつだろう・・・?
少なくとも5、6年は会っていない。
一緒にバレーをするのなんて、ホント10年ぶり以上のことである。

自分が老若男女問わず、いろんなチームに何食わぬ顔で顔を出し、いろんな人とバレーをすることに抵抗がないのは、この大学での仲間の影響が大きい。

自分がいたのは同好会、いわゆるサークルである。
練習は週に2回程度。
指導者はおらず、運営は全部自分たち。
いろんな経歴、いろんなレベル、いろんな意識の人たちが、ひとつの組織の中でバレーを楽しむ。
体育会系の部活動ではないのだ。が、やるからには勝ちたいという人も少なくない。
人数が多かったので、大会にはいくつかのチームに別れて全員が参加していた。
(同好会の大会では、同じ大学から何チームも参加できちゃうのだ。)

それぞれのチームが、それぞれに目標を持って大会に臨むが、練習はひとつか二つのコート。
その中で、みんながそれぞれのために練習できないといけないのである。

部活なら、試合に出るチームの練習がすべて。
チームという組織であり、目的はチームにひとつ。というのがだいたいのところ。

これはとてつもない違いである。
たくさんの目的をいっぺんにこなすのだから。
だいたい、ひとつのチームでひとつの目的に向かっていくことですら、きちっと意思統一してやるのは難しいのだ。
その中で、自分はもちろん、みんなが楽しくバレーをするためには・・・
そういう難しいことに、みんなでごく自然に取り組んでいたのである。

どんなチーム、どんな練習に行っても自分で楽しむ。
そして、ほかの人にも楽しんでもらえるようにする(これがおもしろいのかもしれない)。
なにも崇高な意識があるわけじゃない。
楽しくバレーをやる、楽しくバレーをやってもらいたい。
そんなとこかな・・・それで十分だし。
大学のバレー仲間との出会いは、そんな自分をいつのまにか作ってくれたと思う。
バレー以外のことでおもしろかったこともすごく多かったし。

White.Mtのみんな、ありがとう。

今度は久々にみんなの持ち歌を聴きたいな(^。^)♪
2008.03.06 短期研修終了
三日間の研修終了。
大学女子のチームにおじゃまさせてもらいました。

成果は絶大。
指導していただいた先生お二方には、本当に真剣に丁寧に指導していただき、感謝するばかりです。

そして、こんなへなちょこな奴の練習を手伝ってくれた部員のみなさん。
面倒をかけるばかりだったのに、終了時にはわざわざ激励の色紙まで作ってくれました。

コーチの方は自分の世代のスーパープレイヤー。
天上人なのにきさくに話しかけて励ましてくれて、もうちょっと話したかった‥
(写真撮りたかった‥)

一緒に研修したこんちゃんも、すごく仲良くしてくれて、いろんな話をしてくれた。

全身筋肉痛だけど、こんな充実したバレーは久しぶりだった。

これからは、そういう充実感を自分でいろんな人に作っていかなければ。
その時にはまた違った充実感が得られるだろうから‥
三日間で誰にも自分のトスを打ってもらう機会がなかったのが心残りだけど、そんなことまで望んだらバチがあたるな‥
2008.03.04 始発にて‥
今日午後からいよいよ短期の研修。
神奈川の厚木でやるため、始発にて新千歳空港を目指す。
昨夜は準備に手間取り、睡眠時間は4時間弱。
電車、飛行機でたっぷり寝なくては。

今回の研修は「技術補完研修」
つまりバレーボールの研修なのだ。
おそらく受講者は二、三人。
みっちり指導を受けると思われる。
机にむかっての講義もある。
がんばらなくては。
知らない人とバレーをするいい機会だし。
2008.03.02 日程決定!
北海道を離れ研修を受ける日程が決まった。
4月9日から長野県で、休日は日曜のみという、厳しい(と予想される)研修に入るという通知がきたのである。

駒ヶ根市というところで、交通の便が悪く、研修所内は携帯もいまいちつながりにくいとのこと。

「国から派遣される人間であるという自覚をもつように」
「事前学習の結果を今月14日までに送付すること」

などなど・・・いよいよ緊張感が出てきた気がする。
そうだった・・・
遊びに行くわけじゃなかった。

帰ってきてからのことはノープランでいいが、行ってからはどんな事情になるかわからないので、準備はいくらでもやっておくべきなのだ。

4日からは事前の技術研修ということで、講師(試験官だった方)のいる神奈川・厚木の大学へ行ってくる。

「やりたいこと」のために、いろいろやっておかなくては。

とはいえ、ニートな生活も残りわずか。
そっちも満喫しなくては。


妹いわく「生きて帰ってこれるとは思えない」

一応最低限、「無事帰国」だけはきちんと果たそうとは思ってるんだけどなぁ・・・
妹同様の不安をお持ちの方、できるだけ顔見せに行きますんで、ご連絡ください。





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