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2008.06.23 出国前日
いよいよ明日午前中に出国。

訓練を終えてから今日まで、いろんな人たちにいろんな言葉をかけてもらった。

大学を卒業してから一番長く過ごした函館。
先週そこのバレー仲間が壮行会をしてくれた。

高校の同級生Yンケ宅に泊めてもらい、車で会場まで送ってもらったのだが、その車中でラジオから懐メロが。
最初は斉藤由貴の「悲しみよこんにちは」
名曲である。
めぞん一刻のオープニングだ。
自分は主人公の五代裕作が非常に好き、というか親近感を持っている。
響子さんもこぼしていたが、非常に「グズ」なところがあり、どこか分かる気がするのだ。
自分もグズグズとはっきりせず、ずるずると物事を長引かせたりしてしまうことが多い。
「不意に悲しみはやってくるけど仲良くなって見せるわ」
そんな前向きな歌詞をしみじみと聴いていた。

そして2曲目。
これが問題である。
菊池桃子の「もう会えないかもしれない」
これにはYンケと二人で笑ってしまった。

きちんと帰ってきて、いろんな言葉をかけて応援してくれた人たちに、また会いに来なくては。
そういう思いを改めて胸に刻んだ。

壮行会では、カラオケ好きな自分に最後に一曲歌えとのありがたい声が。
満を持した自分の選曲はというと・・・
CーCーBの「スクールガール」
我ながらどうしようもない選曲だが、そんなどうしようもないところが自分らしい気がしたので、敢えて熱唱。
Y田クラブのみんな、最後まで聴いてくれてありがとう!

今日は成田に前泊だったので近くに住む大学の同期と2人でカラオケへ。
最近のお気に入りSuperfly「愛を込めて花束を」をはじめ、ALFEE「恋人たちのペイブメント」浜田麻里「Nostalgia」などの懐メロを熱唱。
最後の一曲、同期のWinが選んだのは・・・
なんとその日唯一の洋楽、Billy Joel「PIANO MAN」
そんな曲で終わるとは思わなかったが、自分も好きな曲なので、非常にいい感じで終了。

ふと電話を見るといろんな懐かしい人からメールが。
ほんとにいろんな人が応援・心配してくれていることは力になる。
みんなほんとにありがとう。
ちゃんと帰ってきます。
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2008.06.20 日程
自分の出国は23日(月)の11時。
成田での手続きがあるため、前日の夕方には成田入りする必要があるので、22日(日)の昼過ぎに北海道を離れます。

いよいよ秒読み段階って感じかな・・・

今日は表敬訪問で道庁などへ行ってきました。
壮行会なんかもあって、ちょっと長い一日でした。

荷物のパッキングがほぼめどがついてきたので、どんな具合か近日中に公開します。
訓練所生活。
200人ちょいの人間が65日間、一緒に過ごした。
朝のつどいとラジオ体操、食堂での全員同じ食事、みんなで入る大きな風呂、そして門限。
毎日の語学講義と宿題。
テレビのない生活。
お金の心配をほとんどしなくていい生活。
(自分はほとんど飲みには出なかった)
それはまさに「非日常的」な日常生活。
いろんな人と出会い、いろんな人と話し、いろんなことを見てきた。

いきなり大失敗した自己紹介。
インパクトを狙いすぎ、とんでもない誤解を招いてしまったが、そこで体験できたことはすごく貴重だった。

人生最高のモテ期を体験した幼稚園での所外活動。
子供と遊ぶ、ご飯を食べることがあんなに大変だったとは・・・

初めて小学校の教室で子供を目の前にして、自分の仕事やこれからについて話した学校交流。
限られた時間で準備するのは大変だった・・・

思いのほか好評だったスリランカの民族衣装「サロマ」
(女性用のサリーを着る機会は忙しくて作れなかった)
サロマで先生と

突然お風呂で、それまであまり接触のなかった人から「すごく似合ってますよね」と話しかけられたときにはびっくりしたが、なんだかうれしかった。

国際協力や異文化理解のためのさまざまな講座。
今は白身魚を食べるとき、ちょっと複雑な気持ちが心のどこかにある。

こつこつやってきたバレーの練習。
がんばるって、やっぱりいいことだ。

すべてここにきたからこそ体験できたこと。
これからも自分にしか体験できないことを体験していく。
日本では味わうことのない世界。

その中でなにができるか。
自分次第。
幸い自分には応援してくれる人たちもいる。
やれるだけやろう。
2008.06.16 帰省
週末で帰省した。
姪っ子一人(5年生)を連れ、一路愛すべき故郷S町へ。
両親と久々、訓練入所前以来の再会。
親戚もわざわざ3人が顔を見に来てくれていた。
「外国で暮らす」ということは、自分の身内の中では非常にレア、というか初のケースであり、心配は予想以上だった。
きちんと無事に帰ることを約束した。
あとはその言葉にしっかり責任を持って、自分の身を守って生きていくのみ。

帰る際、ちょっと自分の好きな場所に寄った。
母校M小学校の裏山である。
小さいころはとてつもなく高いと感じ、一番上からミニスキーで降りてくるのも一苦労だった裏山。
今見るととてつもなく小さい。
ここからは町がぐるっと見渡せる。
自分はちょこちょこ自分の世界にどっぷりと浸るナルシストな面があり、卒業・入学の機会にはここに来て物思いにふけってきた。
グランドではちょうど運動会が開催中。
M


この小学校の体育館で始めたバレーボール。
どんな理由で始めたのか、正直はっきり思い出せない。
でも、卒業するときに、教えてくれていたコーチから、
「いつかこうやって教わったことを、誰かに教えてあげて欲しい」
そう言われたことは覚えていた。
自分が教わったことは、バレーボール。
だけど、気がついたらその中でいろんなことを教えてもらっていた。
いろいろな成功、達成、失敗を経験させてもらった。
礼儀、友達、努力が大切だということを当たり前に受け入れられるようにしてもらった。
他にも自分で自覚していないだけで、教わったことはたくさんあるだろう。
物事を教える側の人間がどうあるべきか、ということもしっかり見せてもらった。

それから今まで、教える機会や、自分がプレーする機会はたくさんあった。
幸い人間関係や偶然に恵まれ、ある程度結果も出た。
でも、自分はそれでは満足できなかった。
自分にはできることがまだある。
そして今までの枠組みを越えることにした。

自分にとってバレーをするということは「歯を磨く」ことのようなもの。
やらないとなんだか気持ち悪い。
しかし、けっして毎日気の済むまでできたわけではなく、いつもバレーがしたいと思ってきた。
せっかくそれができる機会を得たのだから、もういい加減しっかり荷造りしなくては。
日本での残された時間はもうほとんどないのだ。

2008.06.12 訓練最終日
明日で訓練が終わる。
この前の日曜日には、別れを惜しむ形で終日「フェスタ」なるイベントが開催され、ここで学んだことや持ち前の特技などを皆が披露。
空手やサルサ、ジャグリング、合唱、自主制作の映画なんかまで飛び出し、非常に盛り上がった。
ホントに芸は身を助けるね。

今日は最後の語学イベント「語学発表会」なるものがあり、シンハラ語クラス7人が10分弱のスピーチを披露した。
自分は話し好きな上に話が長いということで、必然的に最後のトリを勤めさせていただくことに。
日本語で話しても話が長いのに、ボキャブラリーのないシンハラ語なのだから、言葉が続かずますます長くなるのだから、我ながら話が長い。
「1時間でもいいよ」
な~んて講師のMノーナから冗談を言われるくらいなので、まあ仕方ない。
せっかくなんで原稿は短くして、アドリブでちゃっかり話してしまおうと企んでいた。

いざ話してみると、ホントにむずかしかった。
終了後に先生2人が「これでようやくスタートラインに立っただけ。あとはスリランカでがんばれ」と言ってくれた。
エーカ タマイ!(シンハラ語で「そのとおり!」)
訓練は終わりだが、これからが本番なのだ。
今までは単なる準備。
23日には出国し、シンガポール経由でスリランカ・コロンボへ。
訓練や勉強としての語学ではなく、生活するために必要な手段としての語学となる。

今日の最後の講義は、海外協力隊員として活動中に何らかの事情で亡くなられた方々の遺族会の方のお話だった。
「無事帰らなかったらどうなるか」
すごく考えさせられる講義となった。

自分には体調のよくない両親がいるのに、今の道を選んだ。
相談はしていないし、許可も得ていない。
結果報告だけ。
苦労して東京の大学を卒業させてくれたおかげで、せっかく安定した公務員になれたのに、勝手に辞めた自分。
我ながらどうしようもない勝手な人間だと思う。
そんな自分に対し、何も言わないでいてくれる。
最低限自分がやらなくてはいけないことは、無事に帰ること。
そして、自分が何をやってきたか、胸を張って話せるだけのことをしてくること。
やりたいこと、やるべきことを話すことはできる。
あとはやったこと。

2年後、しっかり両親に話したいと思う。
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