上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2012.03.30 青森にて
青森にも懐かしい人はいるのだが、会う時間もなく、早速南下を開始。
青森県の途中から福島県まで、高速道路無料措置になっていて、目一杯使わせてもらいました。

青森では、縄文時代の三内丸山遺跡へ。
自分の学生時代には、まだ発見されていなかったもので、今回の試験勉強で知りました。
歴史も変わるものなんだと実感。
ただ、雪が積もりすぎで、全体の景観は見えませんでした…
一応遺跡内部は見れましたが。

その後、高速道路のパーキングでは、曇ってて岩木山も見えず…
めげずに写真は残す。
スポンサーサイト
2012.03.30 大移動開始
帰国して余りの雪の量に驚いたのも束の間、愛車・フィットで札幌から長野県を目指す。

妹一家、チームメイトのshu2夫妻とoba一家、救援物資を送ってくれたmariさん、そして、親戚や親に別れを告げ、一路函館へ。
本当はもっといろんな人と会いたかったんだけど…
会えなかったみなさん、すみません…

函館にて、Y田クラブの懐かしい面々と再会。
高校の同級生ヤンケまできてくれて、本当に楽しい時間を作ってもらいました。
相変わらずすぎて、自分が新天地に行くなんて嘘みたいな感覚でした。
みんな、ありがとう!
さよなら函館山。
2012.03.21 帰国便にて
コリアン・エアー=大韓航空で、ロサンゼルスから帰国。
日本からの出国と帰国で発着地を別々にでき、料金も安い。
機内食もおいしい。
マイルもたまる。

ただ、非常に気になることが。
竹島問題です。

国際線の全シートのディスプレイで見ることができる、フライト情報。
あのちいさな竹島をハッキリと、
「Dokdo」
中学校の社会科の中でも、学習指導要領に扱いが明記されているデリケートな問題。
JALやANAでは、どんな風に表示されるんだろう?
ロサンゼルスで2泊というのは、なんとなく決めたことだった。
もし、空港での乗り継ぎだけだったら、もう少し南米でゆとりがあって、ウユニ塩湖も行けたはず…
いや、確実に行けたのだ。

実はブエノスアイレスからウユニ塩湖近くまでのバスがあったのだ。
あと一日あれば、行けた。
やり切れなさを心の隅に追いやり、ロサンゼルスの宿へ。

アメリカは宿が見つからない、と聞いた覚えがあったので、今回の旅で初めて、予約してあった。
これがなければ、リマで乗り遅れた時点で、2泊してもよかったのに…
宿のキャンセルの手間を嫌い、乗り継ぎ便のチケットへの淡い期待を抱いたのが間違いだった…

なにかと後悔ばかりのまま、空港そばという宿へ、タクシーで向かう。
ん?
メーターがどんどん上がる。
ん?ん?
結局、3000円近くなる。
南米の感覚の残る自分には高すぎる…
もうどこへ行く気も失せる。
日本のサイトを使ってしまったため、宿代もリマの数倍…

翌日は多少気を取り直し、かなり難解なバスを乗り継ぎ、サンタモニカなるところへ。
ただの高すぎるショッピングモールで、全く興味なし…
帰りは疲れ果ててタクシー。
運転手、宿がわからず、右往左往。
しかもロサンゼルスは想像以上に広く、料金も高額。

翌朝、宿でタクシーを頼むと10分でくると言ったのが、1時間待ち。
リマの教訓から早めに動いていたのが幸いし、一応帰国便には無事間に合う。

最後の絵ハガキを出そうと、ハガキはサンタモニカで買っておいたのだが、空港には郵便局、切手とも皆無。
全然うまくいかない。
もうロサンゼルスは結構です…

=============================

南米では、いろんな人に助けてもらったり、いろんな偶然があったり、本当に楽しかった…

行きたいところへ行ったり、無理矢理な経路で国を周ったり、それも本当に楽しかった。
ただ、その中で、できないスペイン語や英語で、いろんな人と話すことも、同じく楽しかった。

オリャンタイタンポでほんの数時間話したyuto君の言葉が、この旅の間中、頭に残っていた。
「別にマチュピチュが曇っててもいいんです。綺麗な景色が見れなくてもいいんです。僕にとって、旅はいろんな人と出会うためのツール(道具)でしかないんです。」
本当に楽しそうに、そう話してくれた彼は、自分との出会いも楽しんでくれていた。

自分もいろんなところで、たくさんの出会いを楽しんできた。
ウユニ塩湖へ行かなかったからと言って、楽しくなかったわけではない。

これから、今回みたいな自由に無茶する旅はもうできないだろう。
でも、いろんな人との出会いは無限にある。
そして、今まで出会った人との関係、経験は、自分の中に生き続ける。
普通に生きてるだけで、旅してるようなもんだ。

今までの人生、仕事やバレー、学生生活、海外生活、様々な出会いや経験のお陰で、自分のやりたいように生き、楽しんでこられた。
実に、ありがたいことである。

これからは自分が、ほかの人が生きていく中での、いい出会いや経験の一部になっていけたら…
とりあえず、4月から出会う子どもたちには、そういう存在になろう。
思った通り、メキシコシティで予定便の出発に間に合う。
カウンターでチェックインしようとすると、なにやら様子がおかしい。
数カ所たらい回し。
嫌な予感がしてきた…

最終的に…
「乗り継ぎ便のスタートで遅れた時点で、予約はキャンセル。乗り継ぎ予定便のチケットもキャンセル。新たなチケットが必要。」
悪夢である。
もうここまできたら、仕方ない。
新たなロサンゼルス行きを購入。
約300ドル…

せっかくマイルを貯めて出費なしで中南米分のチケットをゲットしたのに、結局購入することになるなんて…
我ながら、やらかしたものである。
4月の初給料、もらいもしないうちからほとんどなくなってしまった…

そう思いつつ、手荷物検査。
こんな時に限って、バックパックを全部開けられる。
日本語でグチっていると、次の男の人も日本語でグチっている。
ちょっと日本人離れした顔立ちだが、声をかけてみる。
大学4年で南米を卒業旅行中。
イスラエル人の親を持つハーフと判明。
手荷物が小分けにしたビニール袋なので、ちょっと変わってるな…と思ってたら、
「コロンビアの空港でバックパックがロストバッゲージ(行方不明)になって…

見つかったって連絡あったから取りに行ったのに、またなくなったって言われて…
ロスト・ロストバッゲージですよ…
帰りのチケットと1500ドルも入ってたのに…
チケットの再発行もできなくて…
マチュピチュ行けなくなって、物価の安いラ・パスで何日もボーッとしてました。」

これは自分以上に厳しい。
とは言え、自分もかなり厳しい。

なんとかウユニ塩湖へは行ったそうで、日本人だらけだったとのこと。
自分がそれを嫌ってパスしたと話すと、
「本当に日本人だらけでした。偶然、大学のクラスメイトに会ってビックリしましたよ。でも、景色は最高でした!」

話がはずみ、多少ダメージ回復。
気を取り直して、最後の滞在先・ロサンゼルスへ向かう。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。